ケニアスタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

参謀の道のり:Strategist, Trusted Advisor, Partner

My title

Komazaに来てから、5年弱、起業家だけを上司にして仕事をしてきた。

来たばかりの頃は、無名の日本企業出身というハンディキャップを埋めるために、必死になって自分の能力を証明しようとしていた。

そこから案件を積み重ねて、徐々に関係性が成熟してきたのだと思う。

今自分がどんな関係を築けているか、どのように発展させうるか、というのは正直当事者には見えないものだけれど、ある程度一般化して、類型立てて考えることができるのではないだろうか。

スタートアップ経営やアドバイザリーの世界は百戦錬磨のプロたちが沢山いるので、ようやく登山口に立ったくらいの未熟な自分から見える、遠き頂の姿でしかないことを予め注しておく。

むしろ、分からないからこそ、書いてみることで想像力の粒度を高めたい。

 

#1:Strategist

いわゆる参謀であり、アイデアの鋭さ、仕事の的確さ、そうした職業人としての能力で勝負する世界。

戦略家になりたい、参謀になりたい、という人は多いが、人をサポートしたいとか、頭を使って世界を変えたいとか、威勢のいいことを言うわりに、行動で体現できている人は少ないし、アドバイザリーという立場の難しいニュアンスは見過ごされがちな印象を受ける。

そもそも、ビジネスの世界における「参謀」は役割であってタイトルではないので、参謀になりたいという人は行動を通じて役割を果たすところから始めるべきだと思う。

 

韓非子の冒頭「初見秦」にある「知らずして言うは不智、知りて言わざるは不忠」(訳:分からないことを分かっているように言うのは愚かであり、分かっているのに言わないことは忠誠心に欠ける)というアドバイザーとしての難しいかじ取りが求められる。

助言は、間違っていても、あっていても、最終的にはクライアントの裁量・判断にゆだねられる。

中国古典特有のドラマチックな表現であるが、「人臣と為りて不忠なるは死に当す。言ひて当たらざるも亦た死に当す。然りと雖も臣願はくは悉く聞く所を言はん。唯だ大王其の罪を裁せよ」(訳:人に仕える立場で忠誠心がないのも死罪、助言をして当たらないのもまた死罪に値する。そんなことは分かっていても、私は自分の思うところ・聞き及ぶところをすべてお伝えします。最終的な罪の判断は、皇帝陛下にお任せします)という一節は、助言を職業とする人々のジレンマをよく伝えている。

 

そもそも、当たっているか外れているか、自分の知識・予測・判断が正しいかなんてやってみないと分からない。

そして、たとえ結果が出たとしても、その功罪をどう判断されるかもまた、最終的にはクライアントに委ねられる。

実行せよ、となったとしても、現場の共感と行動が伴わなければ、良策も結果には結びつかない。

アドバイザーの提言は、鶴の一声となって絶大な影響力をもちうるし、同時に極めて無力であることも多い。

良い結果でも評価されないかもしれないし、悪い結果でも評価されうる。

毀誉褒貶や理不尽の不安を背負いながら、日々ひたむきにアイデアを研ぎ澄まし、エンゲージメントの質を高めていくことで、頭角を現していくしかない。

また、職位がアドバイザーではなくとも、問題が起きた時に、最も良いアイデアと実行力を持つ人間であればだれでも参謀として名乗りを上げることができる。

課題に応じて実力主義でポジションが決まっていく。フェアともいえるし、不安定ともいえる。

 

#2:Trusted Advisor

参謀としての実績が積み上がった先にあるのが、コンサルティングなどアドバイザリー業界で目指すべき姿とされるTrusted Advisorだ。

 

ホワイトハウスを支える大統領直属スタッフたちの生活を描いたドラマThe West Wingに登場する、"Do you have a best friend? Is he smarter than you? Can you trust him with your life? That's your Chief of Staff."という大統領の言葉は、Trusted Advisorの存在感をよく捉えているのではないだろうか。

 

参謀としての仕事は次第に複雑さ、難しさを増していく。

単なるアイデアで解決できる機会は減っていき、組織のポリティクスや、個人の感情を含めた多様なアプローチで影響力を行使して課題を解決まで導く必要が増していく。

参謀的なポジションはえてしてオペレーションチームの外に設けられるが、複雑な施策を解決するには、現場のチームを深く理解し、密接にマネジしなければならない。

組織のレポーティングラインを超えたリーダーシップを持ち得なければ、大きなプロジェクトの成功はおぼつかない。

解ける・解けないという世界でも、正しい・正しくないという世界でもなく、納得感やアイデンティティとの合致といったソフトで繊細な基準で、意思決定がなされるようになれば、アドバイザーもクライアントも、職業人としてのみならず、一人の人間として本音の会話をするようになっていく。

特定の領域における経験や専門性ではなく、「ボトルネックが見つかったから」という理由で呼ばれるようになる。

 

当然ながら、Trusted Advisorも最終的には参謀業であり、参謀のときと変わらない一策一策への注意力と献身が求められる。

一方で、Trusted Advisorの本源的な価値は、究極的にはアイデアでも解決策でもなく、存在そのものである。

その人なら解決してくれるだろう、その人に相談すれば新しい世界が見えてくるだろう、というクライアントの安心感と期待感が、Trusted Advisorを一般的な参謀と区別する。

求道者的なプロフェッショナリズムの先に、クライアントとの深い信頼が育まれ、アドバイザーとしての研ぎ澄まされた役割が生まれる。

 

感覚的な意義がアドバイザーとしての具体的価値にどう貢献するか、という疑問もあるかもしれないが、感覚的な意義こそが経営的価値に結びつきうるのだと思う。

ビジネスにおける課題の大多数は解決可能か、そもそも手を付けるべきではない解決不能な課題の2種類に大別される。

解決可能な課題が解決されないのは経営陣の気力とリソース投下、アプローチの方法等がしばしば間違っているためで、誤解を恐れなければ「解決する意志」と正しい手法の組み合わせでよって解決可能なものが少なくない。

だから、経営者やクライアントを本気にさせ、リーダーとしてのエネルギーを正しく向けさせるTrusted Advisorの価値は、個々の施策の集合以上のものになる。

参謀が優れた施策により解決を促すのなら、Trusted Advisorは経営者の意志と施策の両面を武器に変革をもたらす。

Trusted Advisorは、存在そのものが影響力を持ち、クライアントの職業上のインパクトを増幅させるようでなくてはならない。

 

Trusted Advisorと呼ばれるのは、アドバイザーにとって最も幸福で名誉な経験だろう。

クライアントにとって唯一無二の存在であり、クライアントを通じて自分にとっても唯一無二の仕事ができる。

同時に、忘れてはならないのは、Trusted Advisorがもたらす非線形的な価値は、助言と経営判断の分離という制約によってもたらされている事実である。

アドバイザーにはアドバイザーにしかできない仕事があり、経営者には経営者しかできない仕事があり、両者が揺るぎない信頼関係のもと各々の極限に迫ることで、優れた仕事が生まれる。

本質的な課題解決のための究極の分業形態と言えるかもしれない。

 

Trusted Advisorの役割はあくまでも助言であり、最終的な判断はクライアントである経営者に委ねられる。

時に経営者以上の影響力を持ちながら、No.2であり続ける点で、Trusted Advisorには細やかなバランス感覚が不可欠だ。

先に述べた求道者的なプロフェッショナリズムは、個人の美学や感性が反映される点において、独善的な事業観に向かっていく危険を常に孕む。

古代ローマ史におけるNo.2の煩悶と危険をマルグリット・ユルスナールは「ハドリアヌス帝の回想」で次のように語っている。

「カエサルが、ローマで第二の地位を得るよりは寒村で第一位であるほうがよい、といったのはもっともなことだった。それは野心からではなく、空しい栄誉を欲するからでもなく、第二番目の地位にある者は、服従か反逆かあるいはもっとも深刻なものである妥協か、この三つの危険のいずれかを選ぶしか術がないからである」

Trusted Advisorの絶大で特殊な影響力は、あくまで助言者としての軛(わだち)のもとに与えられる一時的な役割であり、長期間にわたってバランスを保つには厳しい規律が求められる。

Trusted Advisorにとっての本当の挑戦は、軛に活かされるか、殺されるのかという帝王学の古典的論点に帰着するのではないだろうか。

 

#3:Partner

Marvin Bowerをはじめとするコンサルティング業界の中興の祖たちが理想としたTrusted Advisor像は、アドバイザーとクライアントの関係性において目指しうる最も高い頂であろう。

他方、ビジネス全般に視野を広げれば、本田宗一郎と藤沢武夫、盛田昭夫と井深大、Warren BuffetとCharlie Mungerのように「と」の関係で定義されるパートナーシップが存在する。

しばしば異なる専門性を持ち、相手への尊敬と信頼、忠誠心に並ぶところがない。

遠慮のない議論が交わされ、直言をぶつけ合いながら、難局を乗り超えていく。

人格的な信頼があるからこそ、人格を互いに問い合う場面も生まれる。その過程で、ふたりの人格は挑戦され、更新され、統合された新しい人格を事業にもたらす。

 

アドバイザーとクライアントの関係が「分業」なら、同じ船に乗って違う持ち場から事業を作っていくのは「協業」である。

アドバイザーがあくまでも最終的にクライアントの判断を受け入れる立場なのに対し、パートナーは対等で補完的な存在だ。

どちらかが課題を持ち込み、もう一方が解決策を考えるという形ではなく、お互いに議論しながら解決を図っていく、より自由でダイナミックな関係と言えるかもしれない。

互いに独立しているから生まれるダイナミズムがあり、同時に二人がひとつのアイデンティティを形成しているから生まれる一貫性がある。

 

Partnershipを通じた協業の究極の形はどんなものなのか、残念ながら今の自分には想像も定義もできない。

代わりに、一つの理想形として、Hondaの創業者藤沢武夫の「松明は自分の手で」から、印象的な文章を抜萃して紹介する。

  • 「布を織るとき、タテ糸は動かずに、ずっと通っている。営の字のほうは、さしずめヨコ糸でしょう。タテ糸がまっすぐ通っていて、始めてヨコ糸は自由自在に動くわけですね。一本の太い筋は通っていて、しかも状況に応じて自在に動ける、これが経営であると思うんですよ」

  • 「(本田宗一郎と)明け方三時、四時まで話し込んじまうなんてこともしばしばでした。この対話から生まれてきたのが、本田技研のタテ糸になったわけですが、このタテ糸を性格づけたのは、本田のヒューマニズムであり、私のロマンチシズムだったといっていいでしょうね」

  • 「トップが一緒に行動する必要がどこにありますか?年中一緒であるということは、裏返せば、お互いの意思が完全につながっていないことを示すものではありませんか。タテ糸が通っていれば一見お互いにばらばらの行動であってもいいんですよ」

  • 「近代産業のトップ経営者の動きは、二十世紀後半の音楽みたいなものだと思うんです。グループでくっついていなければトップでないなどというのは、おかしい。トップは、それぞれの分野において独自の行動を果敢になさねばならないので、それぞれの行動の集積が一つの目標に向かう経営の世界をつくればいいんじゃないですか」

 

カリスマの強力なリーダーシップで成り立つ事業は星の数ほどある。事業の成功にパートナーシップが必要とは限らないだろう。

パートナーシップに見られる役割分担も、仕事の必要性から生まれた結果にすぎないと場合がほとんどだろう。

その根本をなすのは、人格と人格のぶつかり合いであり、対話であり、ふたりの人格の結果として生み出される新しい事業のアイデンティティである。

パートナーのどちらかが参謀かどうかはもはや関係ない。職業的専門性以上に人格的な補完関係がパートナーシップの基底をなす。

 

参謀の道のり

いづれのフェーズにあるかによらず、参謀の仕事は、経営者に寄り添うだけではない。
経営者が結果を出せることこそが、その本分であり、すべてである。
だから、起業家をいかに深く理解し、精神的な支えとなり、インスピレーションを与えられたとしても、事業が成功しなければ、参謀の仕事は失敗である。
困難を共にし、友情を育み、誠実に仕事して、全力を出しても、事業の成果が得られないなら、その起業家はより優秀な、「結果を出せる」参謀に出会ったほうがよかったのだ。
参謀という唯一無二のポジションをブロックしながら成果を出せない参謀は、不当な占拠者であり、その存在は正当化できるものではない。
この残酷な現実と向き合い続ける覚悟無しに、参謀は務まらない。

事業のボトルネックになる可能性を自覚し、真っ先に自らのクビを切れるか。

自分より優れた参謀(組織が大きくなれば個人に限らずチーム単位で考えることもできる)を見つけることも、育てることも、本来的には参謀の素養といえる。

Irreplacableな成果を出しながら、Replacableであることは、矜持であり覚悟であるかもしれない。
実力不足を誰よりも先んじて自覚し、参謀本人だけではなく、経営者の実力も高められるよう勉強しなければならない。

ましてベンチャーであれば、事業の成長よりも参謀自身がさらに早く変化し、適応し、事業の未来にふさわしい参謀の役割と機能を自分で定義し続けなければならない。
実力無き参謀など、ただのお友達にすぎず、経営にとっても事業にとってもDistractiveなごっこ遊びでしかない。

 

自らの現在位置と向かう先に意識的であること、すなわち、戦略家として自らのポジショニングに戦略的にアプローチすることは、職業上の最も基本的な嗜みといえる。

Strategistは、特定領域での戦略や意思決定に対して、助言をする者であり、助言の適切さと領域への理解がカギとなる。

結果が出せれば命が繋がり、出せなければクビ。シンプルな世界で、自分を研ぎ澄まし続けねばならない。

 

Trusted Advisorは助言をし、議論をし、互いに予想外の状況を突破する過程で、信頼関係が生まれることで、案件を超えた関係性を築き、影響力を広げていく。

Trusted Advisorとクライアントはお互いの強みと弱さを補完し合いながら、個別の協働の成否によらない関係を育む。

参謀は失敗したら終わりだが、Trusted Advisorには、失敗を共に振り返り、学びながら、Advisorとして成長していく。

またAdviseを受ける側も、Advisorからのフィードバックによって変化・成長していく。

二人のCollective Outputを評価するのか、Advisorの助言のみを評価するのかが、参謀とTrusted Advisorの違いである。


Trusted AdvisorからPartnerに至る道はさらに険しい。というよりは奇跡に近い。

よき参謀は、経営者の理解と信頼を得られれば、Trusted Advisorになることができるだろう。

一方、Trusted AdvisorがPartnerになれるかは、めぐり合わせの産物である。

PartnershipはAdvisorとClientという垣根を完全に失った対等な関係であり、そこにあるのは二人の人格であり、プロフェッショナルでさえないかもしれない。

互いへの信頼と尊敬、緊張感、そして相手を最大限生かすために自分を最大限生かすという姿勢が、互いの想像力を超える成果を生み出し、世界を作る。

二人の能力と意図に加えて、困難も好機もあらゆる運命的な要素が作用して、二人の人格を試し、変容させ、融合させて事業を形作る。

複数の経営者のTrusted Advisorになるプロフェッショナルはいても、複数のPartnerをかけ持つことはできないだろう。

Partnerと事業を作るということは、人生そのものを共にするということになる。

幸運と覚悟が求められる。