ケニアスタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

187週目:脱作業化

今週は、先週のドバイ滞在で溜まってしまった仕事の消化から始まった。

もともと休暇で行く予定が、交渉事など長期間外せない仕事が重なってしまって、ずるずると仕事していたのだが、それでもまとまった量の作業をする余裕はなかった。

昔なら、ちょっと寝不足になれば済む程度だったはずなのに、今の業務では仕事時間を半分にするとチームとの議論やキャッチアップと外部コールに参加するだけで、時間がなくなってしまう。

会話は前に進むが僕のToDoだけが積み上がってしまう、という状況からスタートして4日かけて宿題を片付ける。

 

そんな中でもチームは着々と成長しているし、仕事は前進している。

ドバイにいた時にも感じたのだが、ひょっとすると僕はもはや作業を巻き取る必要がないのではないかと思い始めた。

手が動かせることはスタートアップにおいて何より重要だと常日頃から感じているのだけれど(手が動かせない中途半端な経営幹部というのは不健全)、緊急時や必要な時に手が動けばよいわけで、自分の気持ちのためだけに手触り感を持とうとしてはいないだろうか、自問している。

メンバーと同等か20-40%増の効率で同一の作業をするより、日々ハンズオンしているメンバーが考えることのできない領域を見つめ、長期・中期・短期の優先順位を明確にしたり、Out of Boxで必要な行動を考えたりする、本来の仕事の質をもっと高められるのではないか、と考える。

なんだかんだ手触りある作業は安心感があるのだが、次のフェーズに向けて虚心坦懐に見直したい。

186週目:ドバイ

先週の土曜日から1週間あまりドバイに滞在していた。

去年の秋口に一時帰国して以来のケニア国外で、仕事も入っていたとはいえ、良い気分転換になる。
ラマダンとコロナのダブルパンチで街はひっそりとしていた。
お目当てにしていた歴史博物館も修繕中、日中から夜まで予定が詰まっていることもあり、観光らしい観光はせず、予定の合間に散策するくらいだった。

 

一番印象に残ったのが、中心街を散歩した時のこと。

数百メートル先の施設に移動するのにタクシーを使うのは気が引けたので、猛暑期でもないと歩いてみることにした。

これが、大失敗。

歩き出しこそ快調だったが、ひとたび日陰を出るとひどく暑い。しかも、日本のように蒸し暑くないので、汗をかいている実感なく水分を奪われていく不思議な感覚。

ビルとビルの間も、日本やアメリカよりもさらに広いので、すぐそこに見えた施設がやたらと遠い。

途中で後悔しても時すでに遅し。タクシーは主要道路上では停車できないので、歩いて戻るか、歩いて目的地までたどり着くかの2択。

そして極めつけは、歩行者を前提としない街づくり。ビルとビルの連絡通路はないし、そもそも地上階の入り口が少ないかわかりにくい場所にある。

車線数の多い道路を超えるのも一苦労、ビルに入るにももう一苦労。

スタバに駆け込んでアイスラテを飲まなかったら干物になるところだった。

笑い話はさておき、新興開発地区のお金のかかった感じと旧市街の対比など、足で踏んで肌で感じて考える経験が貴重だった。

気候変動がもたらす未来とスタートアップの新領域

サミットもあり、気候変動に注目が集まっている。

学校の授業やニュースで地球温暖化や異常気象について知っている人がほとんどでも、気候変動という大枠の詳細や、対策の選択肢や人類への影響について、体系的に学ぶ機会はほとんどない。

頭の整理として、以下簡単にまとめてみたい。

 

気候変動は、何が変動するのか?

NASAの定義によると、「気候変動は、地球上の気候パターンが局所的、地域的、全地球的に長期にわたり変化すること」”Climate change is a long-term change in the average weather patterns that have come to define Earth’s local, regional and global climates.”というもの。ときどき、地球温暖化と気候変動を混同しているケースがみられるが、地球温暖化は海水面上昇などと並ぶ、気候変動に含まれる下部概念。

  • 恒常的な変化:気温の上昇、雨量の変化、気候区分の変化、海水面の上昇、氷河の消滅、植生や土壌の変化。
  • 不規則な変化:嵐や雹、干ばつなど局所的・一時的な異常気象の増加。災害をもたらすレベルの気象状況の頻度・強度の増加。

 

気候変動を防ぐにはどうしたらよいのか?

MitigationとAdaptation:気候変動への対策にはMitigationとAdaptationの2種類が存在する。

  • Mitigation:気候変動を引き起こす原因である二酸化炭素やメタンなどのGreen House Gas(GHG)を空気中から減らす手法。再生可能エネルギーを使う、植林をするといった方法に加え、大気中の二酸化炭素を吸収する装置を使ったり(Carbon Deoxide Removal - CDR)、地球に降り注ぐエネルギーを減らす(Solar Radiation Management - SRM)といったGeoengineering Technologyが含まれる。CDRやSRMは、一般にはあまり認知されていないものの、今後世界規模で気候変動に投資が集まるときに、単なる再エネ投資を超えた本格的な新領域になるだろう。
  • Adaptation:気候変動は既に始まっているので、今すぐにMitigation施策をしても、効果が出るまでにはタイムラグがある。その間のダメージを最小化するための施策がAdaptation。ゲリラ豪雨のために排水施設を強化する、水面上昇のために堤防を作る、農家向けに保険を提供する、フードロスを減らす活動をするなどが具体的な施策の例。

Geoengineering のパターン(出所:IASS)

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考慮すべきニュアンス

気候変動のMitigationとAdaptationはあくまで技術の分類であり、全地球規模で実行するには、ほかにも考えないといけないことがある。

  • 投資の実行:SustainabilityやESGへの意識の高まりから、グリーンボンドや再エネ投資のようなClimate Finance領域では、年間約4,000億ドル(40兆円)が投資されている。地球規模の課題解決には、地球規模の投資が必要であり、これでもまだ必要な投資には遠く及ばないとさえ言われている。政府や国際機関というパブリックセクターでは当然賄いきれない規模であり、企業・金融機関がビジネスとしての関与を拡大していく必要がある。さらに言えば、パブリックセクターの役割は、気候変動関連の投資を実行する主体から、プライベートセクターの拡大を保証や追加投資、先行投資などを通じて支える立場に変わっていく。
  • 人々の意識の変化:人々の消費に対する考え方が変容する。気候変動が教科書のテーマではなくなり、人々の日常を脅かすリスクとして認知されることで、温室効果ガスを排出する活動への風当たりが強まり、環境対策への意識が高まる。 気候変動の結果として、人々の世界観が変わっていくことで、必要な環境対策へのアプローチも変わってくる。
  • リスクの不均衡と投資の不平等:気候変動のインパクトは一様ではない。赤道付近など特に強くダメージを受ける地域と、寒冷地域のように恩恵を受ける地域に分かれる。気候の変化そのものに限らず、社会構造や生活環境、インフラなどあらゆる要素が気候変動のインパクトを左右する。例えば、気候変動のインパクトは赤道近辺で特に強くなるが、経済力のある主要先進国は中緯度に集中している。先進国よりも非先進国のダメージが大きいときに、先進国はどこまで資金を出すべきなのか?中国やインドが経済成長の権利を主張する中で、どこまで単位人口当たりの二酸化炭素排出が認められるのか?気候変動を解決するための様々な施策がでてくる一方で、施策の機会費用や投資必要額、その分配はおそらく政府や国際協調ではどうにもならないところまで来ている。
  • ノアの箱舟:このまま気候変動が進行した場合、社会は大きなダメージを受ける。同時に、ダメージが大きければ大きいほど、MitigationやAdaptationの効果的な施策にはお金が集まる(i.e.機会費用)。仮に、強力な気候変動への対応技術が確立されたとして、その技術を「誰が」握るのかは大きな論点になる。インターネット同様、スタートアップのような零細アクターが開発した技術が、グーグルやアリババのような巨大企業になり、政府が規制するような流れは容易に想像がつく。技術の導入には資金が必要であり、資金を出せる国と出せない国が出てくる。中国やロシア、米国、欧州などが、コロナのワクチンを友好国に優先提供しているように、技術の分配も政治化する要素を多分に含んでいる。

 

世界はどう変わっていくのか?

  • 気候変動の主流化:政策アジェンダとして「いつか重要だけれど、最優先ではない」ステータスに甘んじていた気候変動が、国際政治や経済の重要テーマになる。国際機関やNGOによるアドボカシーをはるかに超える強制力を持つ政策が国家レベルで導入され、企業や経済も主体的に意図をもって行動し始める。最初は規制や目標値の設定から始まるが、時を待たずして気候変動そのものが巨大なビジネスになる。
  • 人々の思考・行動の変化:「沈黙の春」やローマクラブのレポートからは数十年の遅々たる進捗がウソのように、気候変動は政治化され経済活動に取り込まれる。人々の生活に対する期待も少なからず変化し、先進国を中心に消費経済の次なるあり方が模索される。一方で、アフリカやラテンアメリカなど平均年齢が若い新興国では依然として消費は旺盛であり続ける。
  • 都市の移動と難民の発生:気候変動は、海沿いに都市を築いて発展してきた人類の歴史の前提を覆す。海面上昇による旧来の都市の衰退は経済活動のアナログな根幹を崩す。気候パターンの変化は、人類が数百年かけて地域ごとに最適化してきた農業や産業を動揺させる。結果として、主要都市は移動し、土地利用は一変する。
  • 国際政治の覇権争い:中国とインドは人口・経済・環境負荷の総ての面で国際社会の中心に立つ。国連をはじめとする旧来の「国際協力」は次第に力を失い、COPのような国際協調型の対策よりも中国やインド、アメリカなど技術力と資本力を持つ大国が競争するように新たな政策を打ち出す形で変化は進んでいく。冷戦が軍事競争を通じて科学技術を急伸させたように、気候変動とその解決策(金、技術など)をテコにした国際覇権競争は、結果的に気候変動問題の解決に貢献する可能性が高い。アフリカは、2020年代半ばに中国とインドの人口増加が終わるのに合わせ、人口を急増させ、旧来の消費社会の観点から新たな気候変動対策レジームに異議を唱える。中国・インドとアフリカの最大の違いは、単一の統合された「アフリカ」が存在しないこと。爆増する消費者・中間層と天然資源の組み合わせは地域紛争を悪化させる可能性も秘めている。

 

スタートアップの役割

最後に、プライベートセクターの急先鋒としてのスタートアップの役割についても少しふれておきたい(たぶん後日加筆します)。

  • 技術を開発する:MitigationとAdaptationはいずれも、数十年前とほとんど変わらない技術で成り立っている。とりわけ、Geoengineering の分野は未発達であり、新技術で気候変動をコントロールできれば現在のプロジェクションは、未来は一変する。気候変動対策のボトルネックは経済活動とのトレードオフであり、Mitigationで強力な技術が出れば経済活動を拡大しつつ気候変動を抑止するという理想的な状況になる。また、自然災害や異常気象でも人々の生活や活動が影響を受けないためのAdaptation周りの工夫は、公共政策に限らずビジネスの機会になる。
  • 技術を改良する:気候変動周りはこれまでビジネスがあまり入ってこなかった領域である。ソーシャルインパクトでさえ、数十年にわたって起業家たちが取り組んで、マイクロファイナンスをはじめとする新手法が確立されてきた一方、Climate Startupというのはほとんど見受けられない。強いて例外を挙げれば、再生可能エネルギーや核融合など領域であり、まだまだ技術改良が見込まれる。公共事業として政策的に先行投資されてきた領域を民間でもエコノミクスが回るようにするのはスタートアップの役割になる。軍事技術だったコンピューターやインターネットが、スタートアップによって世界に広まったのと同じことが起きる必要がある。
  • 技術を拡大する:技術開発の先に、技術改良があり、最後は拡大(Proliferation)が来る。技術が確立され、投資対効果が高められた先にあるのは、圧倒的な拡大である。例えば、自分が仕事をしているKomazaは林業という十分に確立され、改良された業界において、零細農家とのパートナーシップという新しい要素を加えることで、大規模な土地確保が難しいアフリカで植林をしている。気候変動は地球規模の課題であり、ソリューションは地球規模でなければならない。言い換えれば、地球規模のビジネスチャンスがある。

 

気候変動は、貧困解消と並んで21世紀の一大テーマになる。

小規模農家による林業というこの2大テーマの結節点で仕事をしてきて、いよいよ時局が変わりつつあるのを感じる。

分かりやすさと大局観優先で書いてみたので、異論反論感想あればぜひコメント頂きたい。

185週目:社会的なアジェンダを持つときに大切にしたいこと

ソーシャルセクターに興味本位で首を突っ込んで10年になる。

社会的インパクトや貧困削減、気候変動、社会的起業、あらゆるテーマに首を突っ込みながら、先人たちの後ろ姿を無心に追いかけてきた。

今の僕のキャリアも、取り組んでいる仕事も、何もかもが同じような目標をはるか昔に追いかけた先達の部分部分を組み替えて生まれている。

いくつもの難しい課題の結節点で、日々剣道の地稽古のようにガムシャラに仕事をしているのも、各分野を確立した起業家や専門家たちの巨人の肩にのっかっているだけともいえる。

だから、Mainstreaming(主流化)の波に乗って大きなアナウンスがあったとしても、それはとるに足らないことだ。

本当の意味で自分の道は始まっていないわけで、自分に対する戒め、あるいは道標としていくつか大切だと思うことを書いておきたい。

 

社会的課題というのは、どこにでもある、ありふれたテーマだ。

ちょっと意識の高い大学生ならだれもが一度はレポートを書いたことがあるだろう。

社会人になっても新聞を読んだり、SNSで意見を発信したりできる。

お手軽な社会参画は決して難しくないのが、ソーシャルアントレプレナーシップやアドボカシー、アクションの良さでもある。

ただ、そこにこだわりをもって、職業的に自分を鍛錬しつつ、数年以上粘れる人というのは思いのほか少ない。

教育、環境、貧困、差別、何をとってもいい。おそらく毎年数百万人が、パソコンで調べ物をしたり、レポートを書いたり、SNSに投稿したりしているテーマで、実際に行動できる人、まして行動し続けられる人はごくわずかである。

 

今僕が他者に秀でているとしたら、ねちっこく経ち続けるしぶとさ以外には何もないだろう。

新しい通念を打ち立て、ビジョンに向かって人生を賭けた先人の勇気に強烈な嫉妬と憧憬を抱く。

そして、自分の持てる限りの能力と行動をぶつけては挫折し、それでも食い下がって一歩一歩仕事をする。

自分の能力不足を潔く認め、ギャップを埋めるためならあらゆる修練をする。

「業界研究」をして分かったようなつもりで語っていた方法論はほとんど当てはまらない。

考え抜いて行動してを繰り返す泥臭い世界だけが超過的な努力となり超過的な成果を生んでいく。

 

社会人になって6年余りが経ち、周りで学生時代と同じことを言っている人はほとんどいなくなった。

善悪は関係ない。そういうものなのだ。

大人になるという過程を経て社会に適合していく人がいるから社会は成り立つ。

他方で、社会の中であえてニッチな領域で突っ張ると決めたからには、自分はこの道を進んでいくんだと思うし、挑戦をすればするほど自分の非力を痛感していくだろう。

ただ、そこでくじけず、卑屈にならず、まっすぐに課題に向き合い続けられるか、というのが自分が「どこまでいけるか」を決めるのだと直感する。

新鮮な野望を行けるところまで持ち続けていきたい。

何もなかったのかのように模索を続けていきたい。

それを自らの評価の尺度にしたい。

20代は先達の背中追いかけてきたが、30代は自分の野心を原動力にオリジナルな仕事を残したい。

184週目:寧静致遠

仕事を淡々とできて、良い一週間。

トラブルシューティングはアドレナリンが出るけれど、きちんとした成果を長い時間軸で出すためには、着実に仕事を進め穴を埋めていく時間がとても貴重だ。

4日間イースター休暇で頭を空にした成果もあって、頭がいっぱいになる作業も休みボケせずにできた。

もう少し考えて進めないといけない案件がいくつかあるのを、今週は考えたい。

考えて、実行して、誤差を修正して、という地道な作業を狂いなく進めていく。

 

仕事以外でも良いニュースがあった。

事業の成長が僕の想像力の限界によって制限されないために、良いストレッチになるのではないかと思う。

プライベートの時間を相応に取られるので、今年いっぱいはやることが満載状態になる。

こういう機会はいつも忙しいときに来るので、受けて立つことにした。

今はまだ発表できないものの、来月位にまたきちんと書きたい。