気候変動スタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀をしていましたが、気候変動スタートアップを創業するためスタンフォードにいます。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

スタンフォード30-33週目:冬学期の振り返り

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すっかり遅くなってしまったが、先学期の振り返り。

3月末で第2学期にあたる、Winter Quarterが終了した。スタンフォードはQuarter制なので、新年から6月までがWinterとSpringの2学期に分かれている。1週間強の春休みを経て、そのまま次の学期に突入するので、慌ただしい。

 

学生生活の感覚を取り戻し、新たな生活の基盤を確立するだけで手いっぱいだった先学期からギアを入れ替えて、今学期は学業と課外活動

恒例の授業の振り返りは以下。

 

Business of Water

水ビジネスで有名な法学部の教授による授業(カリフォルニアでは地下水利用などをめぐって、独特の法体系が発達していて、公共財でありながら私的な利用が太宗をしめる水の利用という領域で水専門の弁護士がグローバルに活躍している)。様々な産業で必要とされる水に注目した集中講義。理論的な枠組みを初回で提示したのちは、水インフラの運営事業者、ファンド投資家、農家やデータセンター、水組合、エンジニアリング会社などのあらゆる立場のゲストスピーカーを招いてディスカッションを行う。理論や研究が進んでいないからこそ、当事者の生の声と学生の容赦ない質問がぶつかり合うことで、立体的な授業が生まれている。自分にとっては、水をテーマにして次の仕事をしようと思っているので、一回一回が真剣勝負でとてもよい勉強になった。期末試験にあたるペーパーでは、水と農業をテーマにして、スタートアップを起業するうえでの論点を体系立てて整理した。

①水は公共のアセットであり、利用権や平等性をめぐる議論はステークホルダー全体を見渡して慎重に行わなければならない

②技術革新がほとんど起こっていない。効率改善や新技術の導入は進みつつあるが、あらゆる場所に水インフラが存在することから、一気に更新するというのが難しい

③公営事業や生活飲料水のような領域では、オペレーターのリスク許容度は極めて低い。人命にかかわる可能性もあり、規制は地域レベルで頻繁に更新される。斬新で革命的な技術はかならずしも歓迎されない

④水インフラのアップデートを考える上では、技術革新よりも組織文化の変革の方が、重要なドライバーになりうる

⑤業界内をとりまく一般論として、「水は儲からない」。人々は一般に「水はタダ」だと考えていて、政府も補助金による支援や税金を投入した公共サービスで水を「タダ」状態にしている。結果として、水事業者には利益追求が求められておらず、同時にコストや効率化へのプレッシャーも低い。超長期でのPL改善インパクトがあるにもかかわらず、安全面での懸念や公共事業の現状維持思考も働いて、技術投資が積極的に行われてきていない

⑥水を取り巻くエネルギーの効率化やインフラの老朽化と更新コスト、アセット保有を前提としたPL改善など、少ないながらも面白そうなアングルは存在する。個別の技術と課題をビジネスモデルできっちり詰め切ってから起業しない限り、「水は大切な資源だから」では失敗する

 

Design for Extreme Affordability

デザイン思考で知られるd.schoolの伝説的授業。2学期にわたり、異なる学部の学生数名が一つのチームとなって、ベイエリアのNPOをクライアントにしてプロジェクトを実行する。ビジネススクールの学生としては、ストラクチャーをある程度見極め、仮設ベースでスコーピングを切りたくなるところだが、まずは徹底して現場に身を浸し、予断を排してインタビューと実体験を重ねるように教わる。Immersionとよばれるプロセスを経て、少しずつプロジェクトのコアとなる概念、Point of View (POV)やDesign Principles/Constraints、Critical Functionを作成する。社会人の基本動作としては、具体的で整理された提案を持っていきたくなるが、アウトプットはLow FidelityでAccessibleであることを心掛け、「そうじゃないよ」とか「こうした方がいいんじゃないか」という発言をクライアントがしやすいようにすることで、クライアント側の生の声を引き出すように意図する。クライアントはお客様ではなく、Co-Designerであるから、アウトプットはツッコミどころがある方がよい。他方で、情報そのものは徹底的に収集して、Space Saturationと呼ばれる手法で、あちこちにインスピレーションの発端となりうる情報を張り巡らせていき、場所づくりを通じてデザインの確度を高めていく。

 

Corporations, Finance, and Governance in the Global Economy

コーポレート・ファイナンスの名物授業。資本コストの初歩的な議論からアクティビスト、インパクト投資、ベンチャー投資やバイアウトなど、多様な側面をスタンフォードGSBが誇る最高のゲストレクチャー陣と一緒に学ぶ。ケースはシングルスペースでぎっしり詰め込まれた5ページだけなのだが、コールドコールがばんばん飛び交う実践的なクラス。コーポレートファイナンスの中核概念として、MM理論をすべての授業で使っていたのが印象的だった。MM理論の前提条件の何が破綻しているのか、その結果として事業の資本構成はどう変わり、Financial StructureとOperating Asset、Governance Structureのどこに影響が出るのか、という議論を重ねていくことで体感的な理解が深まった。スピーカーはMetaやTPG、CargillのCFOやMidas List常連のVC、ビリオネア起業家でNBAチームのオーナーなど、多種多様。忖度のないQAが本当に勉強になった。シェアできない経験こそが人生のアセットだと思うし、この授業はそうした経験の連続だった。

 

Managerial Economics:

ミクロ経済の基本概念をさらったうえで、ゲーム理論を実践的に学ぶ授業。ミクロ経済は学部の時に少し触れた程度だったが、Marginal RevenueとMarginal Costの関係性とEquilibriumの推定などは、経済学という中小世界ではなく、具体的な企業競争の文脈でとらえ直すと面白かった。ファイナンスの世界では個社の事業ドライバーから積み上げ式にモデルを組むことが多いので、業界レベルでの競争構造を抽象的に理解するためにあえて経済学を使ってみるのは面白いのではないか。また、ゲーム理論では基本的な戦略選択の方法論もさることながら、異なるオークション方式での入札競争をクラス全員参加で行うコンペもあって(ちゃんと優勝したので自慢しておく)、興味深かった。恥ずかしながら、Second Price Auctionという方式を初めて知ったのだが、学術的な研究成果が世界を大きく変えた事例であり、同時に日常の仕事でも大いに考えさせられた。Organizational BehaviorとEconomic Strcutureの両輪があって初めてマーケットは機能するというのが個人的な学び。

 

Data and Decision:

統計学を実際のビジネス課題に当てはめて検証していく授業。Rを速習しながら、社外のパートナーとのケースプロジェクトを進めていくハードな授業。統計分析をやりながら概念を理解するというストラクチャーは効果的だったが、正直後半は概念の理解と技能習得が追い付かなくなってしまっていて、もう一度どこかで復習したいところ。機械学習についても、具体的なコードを実装しながら感覚的に触れることができたのはとても良かった。

 

Global Operations:

授業の名前の通り、サプライチェーン・マネジメントについてファッションから半導体、電子機器に至る多様なビジネスモデルを検証していく。業界ごとにボトルネックとなる方向が、製造サイドなのか、市場サイドなのか異なっている中で、税務や通関手続きの手間、市場のフィードバックを製品に反映するリードタイムなど、トレードオフを考えてグローバルサプライチェーンは構築される。一方で、近年のサプライチェーン全体への企業の説明責任の拡大は、既存のフレームワークをさらに透明化し、可視化し、事業価値を守り伸ばしていく重要な手段としてのESG像を提示する。

 

総括:

今学期はデータ分析やゲーム理論といった発展的な計数処理に加え、コーポレートファイナンスやオペレーションといったビジネスの原則論、さらに水やデザイン思考といったキャリアに直結する専門分野と幅広いクラスを履修した。ほぼすべての授業がプロジェクトベースとなり、グループで実際に学外のクライアントを得て行う課題も複数あり、チーム構成、マネジメント、個人の時間管理など、ぎりぎりの生活が続いている。

 

世界最高の専門家が集まり、あらゆる機会があるのはスタンフォードの魅力であるが、まとまった成果を上げるために必要なのは一定のまとまった孤独であり、作業時間であり、思考時間。あれもやりたい、これもやりたい、という気持ちと上手く向き合いながら、機会を最大化し、同時に芯の通ったプロジェクト実行をすべく悪戦苦闘していくしかない。

 

今学期は必修以外の自由選択科目が始まり、Design for Extreme Affordabilityのような感覚的なクラスや、法科大学院での水ビジネスの授業など、卒業後の進路に直接的にかかわる分野での学びが多い学期となった。同時に、授業での学びを直接的にキャリアに生かすべく、教授との個人的な信頼関係づくりやリサーチプロジェクトなどをすることで、夏休みにむけた準備を本格化させていく所存。4月から始まる春学期では、授業を通じて多面的な経営・水の世界に触れつつ、夏休みのプロジェクトに向けて計画的に準備を進めてるので、これについてはまた改めて書きたい。

 

Design for Extreme Affordabilityのチームと。各チーム専用のブースがあり、そこで情報をまとめながら議論していく。