気候変動スタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀をしていましたが、気候変動スタートアップを創業するためスタンフォードにいます。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

252-253週目:思えば遠くに来たものだ

思えば遠くに来たものだ。

留学したときも、日本に帰国して就職したときも、ケニアで仕事をしているときも、出張で飛び回っているときも、ふとした瞬間に自分が今どこで何をしているのかわからなくなる。

直感的に行動してきただけなのに、目指したわけでもなく無国籍的、無所属的な存在になってしまったのではないかと不安になる。

気候変動やインパクト投資という抽象的な未来像を追い求めると、意味を持つのは実績と実力だけで、帰属意識はかすんでいく。

グローバルといえば聞こえが良く、根無し草といえばものかなしい。

世界という大きすぎる主語との一体感は、さほど安心感をもたらしてはくれない。

 

今日で31歳になったのだけれど、特段の感慨とか意気込みは感じない。

これまでは、毎年目標を立てて頑張ってきた。アグレッシブに差分を設定して、埋めるために限界に挑んできた。

今年はそうではない。

なんというか、今までの経験全てがめぐりめぐって力が抜けている。

20代で、人とは違う経験をして、人一倍変化しようとしてきたからこその実感なのかもしれないが、この1年は力を抜いてありのままを見つめる時間になる気がする。

社会課題という大上段の主語で、アフリカという新興市場に飛び込んでいって、国境関係なく仕事をしてきた。

不可能と言われれば、何とかやってみようとしてきた。

ときには堅い壁に頭を打ち付け続けるような無力感と痛みにさいなまれることもあった。

仲間の存在がきれいごとではなく生命線となり、自分のひとりの力で社会を変えられるという幻想が叩き壊された。

誰も解決したことのない課題は、やはり難しくはあったが、冒険的なスリルがあって楽しかった。

大変な経験はあっても、悲壮感はなかったように思える。

 

身の丈に合わない問題を解決しようとし続けた10年で、もっとも変化が大きかったのは、課題解決の能力そのものよりも、解決できない課題と向き合い続ける忍耐力だったり、解決できない辛さに対処する心の持ち方だったりする。

理不尽には今も憤るし、不可能には挑んでみたくなる。持て余している感覚や社会へのDefiantな姿勢はこの先も変わらないだろう。

ただ、取り組むことそのものの意義が、何をやってもトライアルとして価値があった20代からは変わってきている気がする。

今一度、冷静な目で世界を眺め、自らを省みて、何を人生でなすべきなのかを考えるのがこの一年になるのだろう。

251週目:社会への参画について

安倍元首相の暗殺という衝撃的な事件があって、心の中にぽっかりと穴があいたような、形容しがたい違和感と無意識に戦っている。疲れた。

政治的信条に基づくテロルではないとしても、こうした事件は時代の空気の象徴となって、うねりを作っていってしまう。

意図的であるかによらず、いくつかのランダムな出来事が重なり合って、時代の歯車が大きく食い違うなんてことは、歴史を振り返れば何度も起きている。

社会が過渡期にあるなかで、コロナや不況といった追加的な負荷が加わった時に、自分のことだけではなく、(とりわけ声なき)他者に想像力を働かせられるかが問われるのだろう。

選挙で投票することも、自分自身の日々の仕事も、「社会への参画」という点では、遥かに遠い道のりに思えてしまう。

けれど、小さな一票、小さな一歩を人々が積み重ねた先に、市民社会の未来は形作られるのだから、遥かに見える道こそ、正しい参加の形なのだ。

暴力や汚職といった「変化へのショートカット」は、市民社会において最も遠ざけられるべき道のりだ。

もどかしさをぐっと飲み込んで、やるべきことをやっていくのが市民としての成熟であり、社会としての矜持ではないだろうか。

249-250週目:ケニア初となるSawmillのオープニング、ファイナンスの意味

今週は、会社を上げて取り組んできた、ケニア初・東アフリカ屈指となるOl Kalou製材工場の落成式があった。

ケニア政府からはChief Conserverter in Forestryを始め高官が参加し、投資家からは三井物産の森林事業チームの皆様とサステナブル領域に特化したアセットマネジャーMirovaのCEOにスピーチをして頂いた。

ベンチャーにおいて、新しい事業やイベントは常にお祝いすべきものなのだが、今回のイベントはメンバーにとっても僕自身にとっても特別な機会となった。

自分の仕事では割と落ち着いている方なのだが、今回のイベントは終了後に感極まって深夜にLinkedInに長文ポストをしてしまった。。。

www.linkedin.com

 

Taking Risks in Emerging Market 

5年前、Komazaに入社した時、形の上ではシリーズAを終えていたこの会社に、売上という概念は存在しなかった。

NGOとして小規模農家と木を植えてきた実績を評価されていたものの、林業不毛の地と呼ばれた東アフリカでまっとうなビジネスを作れるかは分かっていなかった。

植林された面積から算出される木材供給量のプロジェクションを眺めながら、いつかは世界水準の工場を建てるのだと意気込みだけは十分だった。

 

2年前、KomazaはシリーズBを調達した。28百万ドルという金額はグローバルではそれほどではないが、当時は全アフリカのベンチャー調達のTop5にランクされ、2020年のケニアのベンチャー調達額のほぼ10%を占めるディールとなった。

このディールを支えてくれたのは、本流の林業投資家ではなかった。

数十年にわたってアフリカ投資をしてきた開発銀行は軒並み失敗を重ねていたし、林業経験豊かな投資家たちも、Komazaの新しいビジネスモデルに懐疑的だった。

一方で、気候変動やベンチャー投資で新しい時代に向けてリスクを取ろうとしてくれたのが、シリーズB投資家たちだった。

不確実性を飲み込み、投資委員会の疑問をひとつひとつ解消し、ベンチャーも投資担当者も一丸となって取り組んだ結果が、KomazaのシリーズBだった。

当時、最も熱い論点となったのが、植林にフォーカスを置いてきたKomazaに果たしてまっとうな製材加工ができるのか?というもの。

今回の製材所は、ブラジルやドイツなど世界各地から最適な機材を集め、ユニリーバ出身の工場長の指揮のもとオペレーションを構築したグローバルスタンダードの”結果”であり、会社にとっても投資家にとっても社員にとっても大切なマイルストーンだ。

 

Investing in Global Talent

リスクをとる、というと投資家を思い浮かべがちかもしれないが、無謀にも思える野心的な目標を掲げるベンチャーに入社して誰もやったことのない課題に挑む社員たちこそ、本当の意味でリスクを取っている。

Life as Equityと僕は思うのだけれど、自分の職業人生を賭けて難しいベンチャーに挑む人たちは、キャリアそのものを100%エクイティ出資しているようなものだ。

 

確立された産業がなければ、人材は集まらない。

Komazaにとってはこれは死活問題だった。

経営陣を集めようにも、アフリカのレイトステージベンチャーなんて数社しか存在しない。

投資・財務のプロを集めようにも、そもそもグローバルな投資銀行がないので、人材を求める先がない。

林業の専門家を探しても、東アフリカには小規模な工場くらいしかなく、数億円規模の工場を設計したり、運営したりできる人など存在しない。

だからこそ、資金を調達し、ビジョンを語り、世界中から人材を求めなければなかった。

シリコンバレー出身の経営陣、海外経験豊かなファイナンス、南アフリカ出身の製材のプロ、事業の土台を支えるローカルのマネジメント、すべてを揃えて初めて、このプロジェクトは可能になった。

”You invest in global talent, you will get a global standard result.”

ユニリーバでエンジニアリングのヘッドをしていた工場長の言葉が忘れられない。

目の前の課題も大切かもしれないが、Availableなリソースだけに頼ってはいけない。

大きな課題には、優秀な人をぶつけていくべきだ、という考え方だ。

 

Why Venture? Why Finance?

初めて完成した工場を訪れた時、鳥肌が立った。

今回のセレモニーで誇らしげにしているメンバーを見て、あるいは、完成に至る数多の試練を克服した武勇伝を聞いて、Why Venture? Why Finance? という問いの答えが、出た気がする。

ベンチャーの仕事はチームで不可能を可能にすることだ。

誰一人として全体をコントロールすることはできず、あちこちで同時並行して不可能への挑戦がなされる。

挑むのは現場にいる一人一人の社員であり、同時に会社全体だ。

経営者として出来ることは、ビジョンを語り、人を集め、人を支えること。

そして、ファイナンスの役割は、最も難しい課題に、最も優秀な人たちをぶつけるための経営資源を集める、投資実行することだ。

複雑なディールをまとめるよりも、今回の工場落成に立ち会った経験の方が、ファイナンスの本質を伝えてくれたような気がする。

 

Can You Share the Same Dream with Others? 

起業家と二人三脚で仕事をしてきた。

工場なんてなかった時に、アフリカ最大の林業ビジネスを作ると言って、投資家を説得した。

東アフリカに中規模以上の製材所が存在しないときに、グローバルスタンダードの工場を建てることにこだわった。

カネもない、人もいない、知見もない、というないもの尽くしの状況を少しずつ変えたのは、野心的な目標とそれに共鳴する人々だった。

人と同じ夢を見れるか?と常に問いながら、カネを集め、人を集め、知見を集めることが、不可能を可能にしていく道のりだと学んだ。

ファイナンシングは、このプロセスの一部でしかない。

工場が稼働したのを見届けた時、今まで感じたことのない充足感があったのは、きっと一通りのサイクルが回ったのを感じたからだ。

社員や投資家だけではなく、政府関係者や林業業界の人々など多くの人々が感動し、祝ってくれたのは、Komazaの夢が国や地域、業界にとっても意義を持っているからではないか。

何度思い出しても胸が熱くなってしまう。

 

 

せっかくなので、現場の写真も載せてみる。

まずは、工場の様子から。

 

オープニングセレモニーは政府高官や投資家などに加えて、近隣農家やお客さんも合わせて数百人規模になった。

イベント当日の司会はテレビのキャスターとして有名なMike Gitonga氏。

 

我らがCorporate Finance & Strategyチーム。ファイナンスって紙だけじゃないよねと盛り上がった。

 

工場建設の指揮を執ったエンジニアたちと。

 

フランスのサステナビリティアセットマネジャー、Mirovaのチーム。業界の有名人のPhilippe Zaouati CEOもスピーチのために出席してくれた。

 

Komazaが世界最大の植林者になっているMelia Volkensiiをはじめ、ケニア林業を40年近く支援しているJICAチームにも出席いただいた。

 

三井物産、FMO、Novastarチームと。

 

Chief Conservator of Forestsや三井物産チームの皆さんと。



 

246-248週目:ありのままで挑む

専門性に関わる仕事をするからには、自分の領域できちんと準備をして、重要な局面に臨みたい。

自分の知識を広め、深めて、多様な状況に最適な助言ができる存在でありたい。

一方で、専門家としてのみ仕事をしたければプロフェッショナルファームにいるべきで、清濁併せ呑んで不確実性に突っ込んでいくベンチャーにいるからには、専門性は武器の一つでしかない。


難しい局面を乗り切るのは、知識や経験というわかりやすい武器ではなく、しばしば人格そのものになる。

プレゼンも、予備知識も、計画もないとき、いかに立居振舞うのか。

トレードオフを突き付けられ、暗闇の中で不確実な意思決定を下し続けるときに、何を考え、何を伝え、何を表現するのか。

専門性は助けにはなっても、答えそのものを教えてくれはしない。


特定の状況のなかにいないと見えない現実があり、外から見ないと分からない可能性がある。自分が見なければいけないのは、どちらなのか。それが分かれば、変に応じて誤ることなく、真に迫って揺るぐこともないだろう。

本当に難しい局面で、準備をするのは自信を高めるためでしかなく、一種のプラセボなのかもしれない。


人のリーダーシップが最も強く顕れるのは、状況が切迫して自己の中核が剥き出しになるときだと思う。

剥き出しのリーダーシップを発揮するには、剥き出しの自分である必要がある。

その時本、人は最もリーダーとして適格であり不適格であるという矛盾した状態にある。

不完全な自分でありのままに、思うがままに状況に対処するのは勇気と覚悟がいる。

頭で考えるより速いスピードで、心の声を聞き、自分の限界を受け入れつつも、可能性と向き合わねばならない。

自分の限界と可能性を信じ、チームを信じ、結果を信じることができるか。大きな問いがあるような気がしている。

ベンチャーがもたらす「成長」とその限界

自分の役割は何なのかを、自分で考え、定義し、提案し、なりきることができるのは、ベンチャーにいる大切なやりがいの一つだ。

「どんな仕事をしているんですか?」と聞かれて、毎月・毎四半期・毎年違う答えをしているから、5年近く今の仕事を続けられているのだと思う。

自分の頭で考えることは自由でもあり、限界でもあり、いかに早く自分の差分を理解して、対応できるか、という一種のゲーム的な面白さがあった。

仕事の上で壁にぶつかることもあれば、身近な人からフィードバックをもらう(というか強烈にプッシュして批判をもらう)こともあり、伝記や事例を貪欲に吸収しながらパターン的に自分のおかれた立場を認知しようともする。

プロフェッショナルファームに籍を置いたことのない自分は、アナリストワークの時代から自分なりに基準を作って「成長」を目指して、その後は仕事が求める役割を、自分なりにJob Descriptionに書き起こしては、ギャップを解消しようとしてきた。

グローバルスタンダードを勉強しながらも、最終的には自分の審美眼を頼りに「偉大な職業人」を目指してきた気がする。

 

ベンチャーの仕事は、不可能であったり、世界初であったり、途方もなく遠大な意図の年単位の案件化であったり、チャレンジとして不足はない。

難しい局面にぶつかると、それを題材として、「この人ならばうまく解決できたであろう」という人を探し、事例をあたる。

そこから、理不尽や外的な要因も含めて、すべてを自責すると、面白いように自分の能力の不足が目につく。

不足を克服する過程で、課題は勝手に解けていく。

自己肯定感で支えられるぎりぎりまで、厳しく自責することで、自分の限界を鮮明に描き、理解し、乗り越えることができる。

野心的で長期的なゴールを掲げるベンチャー以上に、失敗が身近で、困難と親しむ仕事はない。

そういう場に自らを置けるかは、自己理解の深さ、戦略的なポジショニングよりも、運とめぐり合わせによるところが多いのだろう。

ベンチャーの仕事は好奇心をよく満たしてくれている。

 

一方で、ベンチャーで直面する困難を砥石にして自分を鍛えていくアプローチにも限界はある。

難しい挑戦をしていれば、困難な課題はいつまでも現れ続ける。

修行僧が滝に打たれるように、困難を題材にして自らを問う内省的なプロセスは、心を無にして課題に向き合う機会ではあると同時に、他者や外的な存在から自らを切り離す行為でもある。

自責を極めた先に、他者と外界は存在しなくなる。

自らと向き合う手段であった自責思考は、外的な世界から逃避し、自分の殻に閉じこもる口実になってしまう。

ともすれば、自責は、ありのままの自己を拒絶し、存在するはずの他者を捨象する。

受け身の姿勢で困難を捌き続ける行為は、ある水準を超えると、自己完結的な循環論法に陥って、人を盲目にする。

現実には存在するはずの自己と他者から、他者を排除することで、現実から逃避するようになる。

禅の文脈で繰り返し語られる「悟りを開くために厳しい修行をした名僧たちが、過酷な修行の末に悟るのは、悟りを開くために厳しい修行は必要ないということだ」という説話と近いかもしれない。

禅の世界では、自他の境界を無たらしめることが目的であり、職業人の世界では自他の境界を見定めてバランスよく両者に働きかけることが求められる。

本当に困難なのは、自分だけでも他者だけでもなく、両者の間に正しく境界線を見出すことだ。

困難は砥石にはなってくれるが、何のために自らを研ぎ澄ますのか、何を美とするのか、どこに境界線を引くべきなのかを教えてくれはしない。

 

個人、チーム、事業、いずれのレベルにおいても、閉じた世界でExcellenceを追求するだけでは、優れた成果は生まれない。

高い目標を追いかけるだけでは、既存の枠組みの延長上に自己を規定している点で、模倣の域を出ない。

最初は誰もがベンチャーの課題解決に合わせて自分を適応させ、Make Oneself Usefulとなることが求められる。

しかし最終的には、困難に適応するために自分を作り上げるのではなく、あるべき姿を自分で定義しなければならない。

「より良い」ではなく、異なる「良さ」のなかから、自分なりに「良さ」を選択して、守り通すために努力をしなければならない。

困難を捌くために戦うのか、理想を貫くために戦うのかでは、同じような挑戦であっても長い目で見た意味合いは似て非なるものだ。

目標ではなく、理想を定義しなければ、職業人としてのスタート地点には立てないのではないか。