気候変動スタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀をしていましたが、気候変動スタートアップを創業するためスタンフォードにいます。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

191-192週目:Acumen Fellowship プログラム初回

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Acumen Fellowshipの第一回目セッションが先週の水曜日から始まった。

午後1時から6時まで1週間のセッションにZoomで参加する。最初の3日間は、いわゆるスタンフォードの”Touchy Feely”に近いアプローチで、自分の生い立ちを語る。

Zoomなのにフェローの全く違うバックグラウンドもあって、一気に引き込まれた。

とりわけ、東アフリカ女性フェローが語る生活の難易度がとても高い。

貧困くらいなら想像がつくが、Gender-based Violenceや内戦など、初めて当事者から聞く内容も少なくない。

あとは、フェローの質が他のフェローシップやアワードよりもはるかに高く本質的なのが、印象的だった。

普通は話がうまくて、わかりやすいアチーブメントがあって、キラキラした経歴のある人が強いフェローシップにあって、ローカルで目の前の課題にずっと向き合ってきたリーダーや、普段社会的起業の障害とさえ言われる政府の地方公務員など、人の願いと行動と対話能力だけでフェローを選んでいるのが伝わってくる。

ジェンダー、地域、活動領域もさることながら、リーダーのタイプもいい感じでばらけている。

このあたりは、Acumenの長年のアントレプレナーを見る目利き力だと、感心させられた。

 

TED Talkのようなストーリー化される前の未編集の経験談を、お互いに励まし合いながら、訥々と思いつくままに語る。

1日5時間程度なのに、精神的な消耗が激しかった。

週末も、気が付くと内省しているような感じで、心ここにあらず。

自分の根幹にある価値観が変わっていくような、研ぎ澄まされるような気がした。

自分は何ができるのか?自分は何のためにいるのか?自分は小さなチャレンジで満足してはいないか?そんな問いがこだまする。

 

 

 

 

僕自身も新しい発見があった。

「できます、やります、コッカラッス!」みたいな体育会系の姿勢で普段生活していて、すっかり忘れていた心の片隅の不安や無理やりストーリー化していた矛盾を唐突に思い出した。 

とくに、日本やアメリカ、アフリカという地域面でも、NPO、ベンチャー、PE投資、開発という仕事の意味でもぐちゃぐちゃな経験を積んできたのが、なぜだったのか、カオスを何とか形にするためにどうあがいてきたのか、振り返る。

この10年の結果論で言うと、短期の話は周りの言うことが正しく、長期の話は周りが反対することが正しい。
留学も就職も、転職も、当初の評判が悪い長期の意思決定の正答率が極めて高い。

自分は大上段でフレームワークを考え抜くまでは一切行動しないし、逆に一度自分の中で腹落ちすると、すぐさま実行に移る。

留学のときは、はじめてだったこともあってかなり悩んだり遠慮したりしたが、今となっては得意パターンとして自信がついてきた。

考えた末に思い切ったアイデアを思いつき、説明し、実行するというプロセスが僕自身の好奇心の根っこに染みついている。

孤独といえば孤独だが、むしろ自分のアイデアに忠実である方が、後悔はすくない気がする。

もっとできるんじゃないかな、とも思った。

 

 

偶然、この2週間は昔からアドバイスをもらっているメンター数人とキャッチアップが入っていた。

若手の自分の変化が激しいのはまだしも、一回りも二回りも離れたメンターたちの変化がさらに激しく、目線が上がる。

数年前のフィードバックの意味がようやく分かっただけでも十分な変化なだと自分をほめてあげたいところだが、現実はそうはいかない。

課題の難易度と複雑さ、自由度が上がっていくだけである。

自己満足は最大の敵。慢心なしでアイデアと行動で勝負を続けるしかないと決意を新たにした。