気候変動スタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀をしていましたが、気候変動スタートアップを創業するためスタンフォードにいます。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

インパクト投資業界に関する雑感 2021

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Global Impact Investing Networkによると、2020年度のインパクト投資の投資総額(AUM)は2019年の5,000億ドル(約55兆円)から7,150億ドル(約80兆円)に40+%もの成長を遂げた。

主要なメディアや大企業、利益追求の権化と呼ばれたウォールストリートでさえ、SDGsやESGが取りざたされ、インパクト投資やグリーン投資が官民共同のスローガンになっているのは、この業界に10年近くいる人からすると隔世の感がある(みんな、インパクト投資について熱弁して上司や周囲から、「ああ、NPOとか慈善事業ね」と言われたことがあるはず!)。

 

数字で見るインパクト投資

ざっくり数字を見てみよう。インフォグラフィクスはすべて、GIINの2020年インパクト投資レポートからの抜萃である。日本語版のレポートもあるので興味のある人はぜひパラパラ見てみてほしい。

 

リターンへの期待が意外に高い

急成長しているインパクト投資だが、その大多数はMarket Rateのリターンを期待しており、一般的に慈善事業思われがちなのとは対照的にBelow Marketは少数派。現場感覚としても、なんだかんだしっかりプライスがついている。社会起業家が”You are ripping off!"(ボッタくってんじゃねえ)とブチ切れて、インパクト投資家が"We are not philanthropy"(我々は慈善事業ではない)と言い放つ。経済学的には「市場のメカニズム」だが、当事者は必死である。

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セクターは公共的・新興国的・開発的な分野がトップを占める

セクターで見ると、エネルギーと金融、農林業当たりがトップ。ちなみに、Financial ServicesにはMicrofinanceが入っていないので、両方を組み合わせるとぶっちぎりで金融がトップ。公共性が高いエネルギー、新興国の中小事業者を支える金融機関、貧困層の大半を占める農林業のシェアが大きいのは、当然と言える。

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投資手法はDebtが多め

見ての通り、DebtとPrivate Equityが多い。投資先セクター上位にあったインフラも金融機関も、キャッシュフローが予想しやすく、広くDebt調達が普及していることが理由だろうか。インパクト投資というと社会起業家のビジョンに投資、みたいなイメージがあるが、(ベンチャー投資を含む)Private Equityはそんなに多くない。

また、投資家当たりの投資金額を見てみると、Private Debtがやたら少なく、多数のプレーヤーがニッチな専門領域で投資していることが読み取れる。逆にPublic EquityやReal Assetはかなりプレーヤーが限定されて、一社当たりの投資額が大きい。上場物はGreen BondやESG/ImpactスクリーニングされたETFなども出てきているからであろうか。

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投資の流れは先進国から後進国へ

投資家の大多数が米国や欧州に所在地を持つ。肌感覚では同世代の中国人の社会起業熱も上がりつつある気がするが、東アジアはまだまだマイノリティ。

一方で、南米とサブサハラアフリカがアジアよりも多いのは、開発銀行などが現地の新興ファンドをファンド・オブ・ファンズの組成やアンカー投資を通じて支援していることも一因と考えられる。これを多いと考えるか、まだ足りないと考えるかは議論が分かれそうである。

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業界内で何が議論されるべきなのか?

今週参加した内輪のZoomキャッチアップで、「インパクト投資は果たして意味があるのか?」を2時間ぶっ通しで議論した。

現役実務家のオフレコ議論なので、内容は書けないが、個人的にインパクト投資の業界観が整理された良い時間だったので、個人的な感想を私見(ここ重要!)として書いてみたい。

  • 事業から見てインパクト投資家に期待するものは?:スタートアップからすると、ブランド名よりも個別のキャピタリスト。インパクトの大看板を抱えて、全く矛盾する行動をする投資家も結構いる。数年単位で成長を支えてくれる、事業にないネットワークを引っ張ってきてくれる、ファンドの都合ではなく事業に寄り添ってディールメイクしてくれる、あたりの資質を備えたプロフェッショナルがいるだけで、投資は「意味のあるカネ」になる。一方で、事業側の姿勢として、キャピタリスト個人に依存しすぎるのは、本人が転職するリスクがあるので、ファンドのInvestment ThesisやCultureとの整合性は、長期的に問題にならないためにも重要。あと、ディール当初の意図は、明確に文言として契約条項に盛り込むようにしないと、引継ぎ先のキャピタリストによっては、関係がこじれやすい。開発機関などは平均して数年で若手が転職していくし、Directorなども新しいプロジェクトに引っ張られて異動するので、GPとしてファンド期間を通じてコミットする習慣が薄い点、注意が必要である。
  • インパクト投資家は本当に増えているのか?:インパクト投資のAUM(投資総額)は毎年倍々で伸びている。これは、社会起業家に寄り添い、ハイリスクな事業に積極投資する昔堅気なインパクト投資家が倍になっているのではなく、「インパクト投資」というコンセプトが広まり、BlackrockやGoldman Sachsといったメジャーな金融プレーヤーが参入することで、社会的インパクトがメインストリーム投資家の行動の変容につながっている、少なくとも意識改革になっている、という風に理解している。年金基金など、メジャーな投資家がインパクト投資に乗り出していくのは、業界としては良いニュースといえよう。同時に、中身については、まだ王道と呼べるアプローチは存在せず、各社が独自の基準や戦略的意図(マーケティング、ブランド、新規顧客の獲得など)を持っているため、金太郎アメ的な「インパクト投資家」は存在しないと思ったほうが良い。
  • 本当の課題は何か?:忘れられがちなのは、「投資金額=インパクト総量」ではないという当たり前の事実。メディアなどでは「今年もインパクト投資が好調!」とか「クラウドファンディングが当たり前に!」とか騒がれていて、それはメインストリーミング(注:インパクト投資のような新しいアジェンダが社会全般に当たり前のものとして広がること)という意味で大切なのは間違いない。ただ、「投資額が増えれば問題を解決できる」という「努力すれば成果が上がる」的なリソースベースの議論は、「どうすれば社会課題を解決できるのか?」というHOWが固まらないうちは危険である。
  • ES vs. Gの対立構造?:意識の高い企業人や投資家のホットなトピックといえばESGやSDGs。でも、営利追求の企業・投資家がどこまで本業から外れて社会的・環境的インパクトを追求できるのだろうか?どこまでが社会から求められる期待値で、どこまでがESG担当役員の趣味なのだろうか?マニアックな論点だが、元来ESGはリスク指標、インパクトはリターン指標なので、インパクト投資と同列でESG投資を語るのには難がある。さらに、ESGの名目でインパクト投資を行う場合、それが受託者責任(Fiducary Duty)に反しないか、というガバナンスの議論にどう答えるかに投資家側の矜持が問われる。戦略の根本として説明することもあれば、CSR的な義務と解釈することもできよう。グローバルに見ても統一された正解がない分、ちゃんと考える意味のある問いだ。
  • 人が未来を作る:この前、CEOと雑談していた時に、"Entrepreneurship is overrated"(アントレプレナーシップが過大評価されている)という言われて、妙に納得した。アフリカは特にその傾向が強いが、社会があらゆる課題や矛盾に直面する中、全世界的に社会「起業」を支援する流れが広まった結果として、起業家と同じくらい重要なグロースを支える経験豊かなベンチャーCXO・社員の存在が取り残されてはいないだろうか。スタートアップの世界では「チームの採用がCEOの仕事」といわれるくらいだが、社会起業の世界ではいまだに泥臭くフィールドにいる起業家を期待する傾向さえある。本当に必要なのは、起業家が見つけた解を、技術やサービスとして研ぎ澄まし、オペレーションとして確立させ、成長するために資金を調達する経営チームであり、そうしたチーム無しにどんなに投資をしても結局は起業家だけでは手が回らなくなって破綻してしまう。インパクト投資が有名になって、投資家サイドの人材は増えているかもしれないが、事業サイドはスケールを経験した実力あるチームが圧倒的に不足している。
  • 「インパクト投資」の広がりを支えるの真の投資家:ソーシャルベンチャーが"Investing in innovative, disruptive businesses that are very well proven!"(訳:イノベーティブで、ディスラプティブな、成功が保証された間違いのないビジネスに投資をする)と「自称インパクト投資家」を揶揄することがある。先のGIINレポートにもあるとおり、インパクト投資家のすそ野が急速に広がる今日、ウェブサイトにインパクトをうたっていても、実際はゴリゴリに金融的利益を優先してくる投資家や、イノベーションを標榜しつつも手堅さばかりを見てくる投資家は後を絶たない。最終的には、起業家と投資家がお互いを試し合いながら優れた起業家・投資家が残っていくのがエコシステムとしての理想ではあるものの、「おや?」と思う頻度はこの業界に5年以上いる人たちは増えてきているのではないだろうか。究極のインパクト投資家だと思うのは、ごく初期に起業家にオールインするような形で投資を決め、少額投資を複数年に分けたり、メンタリングやネットワークを提供しつつ、事業と起業家を育てることにコミットしたインパクト投資創成期の投資家たちだ。彼らは10年を超える単位での投資もいとわない一方、投資方針として超長期投資なのではなく、「わからないものに投資する胆力」を持っているのが最大の特徴だ。投資した後も、波乱万丈を事業と共にして、黎明期で明確なExitも分からない中、コミットしている彼らの多くが、ファミリーオフィスや財団といったファンド期間が明確に存在せず、寄付的な(全損してもよい)目線でリスクをとりつつ、あえてエクイティ・デット投資というビジネス的な手法を使って起業家にリテラシーを植え付けていった。こうした先人には頭が下がる思いだ。わからないものに確信をもって投資できる投資家は貴重な存在だ。彼らが後々の投資家のためにリスクを取ることで、実績を見せ、さらなる資金調達を可能にするサイクルを、業界用語では”Derisking”と呼んだりする。意義のあるDeriskingは奥深い投資テーマだ。 
  • 今が未来を作る:最後に、ベンチャー側でインパクト投資と向き合うものとして大切だと思うことを書いておく。急成長・玉石混交でなお正攻法があまり見えないインパクト投資業界にあって、どんなに課題があったとしても、理不尽に接したとしても、最後は自分がどう課題を解決するかが、業界の未来を作ることを忘れてはならない。自分が妥協すれば、ひいてはインパクト投資セクターの損失につながる。自分が知恵と労力を絞って工夫すれば、新しいプラクティスとして業界に広まり、自分や自社、投資家を超えて、社会の未来に一石を投じることができるかもしれない。そういう未来があるからこそ、自分の目の前の仕事の可能性を信じて、辛抱強くやっていけるのだと僕は信じている。



マニアックな内容だが、インパクト投資に興味を持っている方に、生の感想として面白がっていただければ幸いである。

日本でもいよいよスタンフォード・ソーシャル・イノベーション・レビューが創刊されるこのタイミングで、ぜひ多くの人に興味を持ってもらいたい。