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Zeitgeist

留学した後の話。

執筆者として自らに問うこと

社会起業

週末にPCデータ整理をしていたら、ちょうど2年前に卒論を書いていたときのメモが出てきた。

研究の道へは進まなかったけれど、当時300ページ近い論文を書きながら学んだことは、仕事の上でも大事だと実感することが何度もあった。

論文の価値は自分の価値であり、社会へ自分の問いを突きつけることは何も学問に限らず事業でも同じくらい重要なはず。

一足飛びの横着な未来観を持っても、地道に積み木を積んでいく者にはかなわない。

仕事の方でも、ちょうど明日から新しいアサインメントが始まる今のタイミングで、肝に銘じたい。

  1. 自分は読者をどう導きたいのか?明確な意志はあるか?
  2. 自分の論文の価値はどこにあるのか?情報なのか、考え方なのか?
  3. 自分のアイデアから逃げていないか?
  4. 伝わらないんじゃないか、意味が分からないのではないか、という恐怖に対抗する唯一の方法は書き続けること。そして、書いては直し、書いては直し、という作業を地道に継続すること。恐れることなく、周囲に感想を求めること。
  5. 一旦筆を執ったなら、評価判断を保留しない。
  6. 思考する自分と、書き上げる自分と、そして批評し編集する自分は別々に持たないと行けない。今の自分が同時にやろうとしても、筆が止まり、思考が停止し、編集するべきものが生まれなくなる。思い切ってそれぞれの行程をやりつくすことこそ、最良の文章を生むための条件。
  7. 分からなくなったり、つまらないか不安になることを見越して、あらかじめフィードバックを受けられる環境を用意しておく。
  8. いくら面白くても、本筋に関係ないなら、早い段階で切り捨てる。書けば書くほど、のめり込み、挙げ句の果てに全部削除することになる。
  9. 執筆は積み木。毎日小さなピースを削りだし、整えて積んでいく。
  10. そしてあるとき振り返って、修正する。違和感があるときにした小さな妥協が全体のひずみになっていく。愚直に、謙虚に、容赦なく。

リーダーシップとアントレプレナーシップ

社会起業

リーダーシップとアントレプレナーシップは違うということをふと感じる。

アントレプレナーは自分の興味・必要に突き動かされてゼロから何かを作り上げる人。

リーダーは(アントレプレナーがリーダーになることは多々あるものの)必ずしもゼロから作る人ではなく、いわゆる大企業のプロ経営者のようにすでにあるシステムを変えていく人も含まれるし、ビジネスの外の芸術や時には生活の分野でも数多くいる。

しばしば、「何かをやり遂げる力」(いわゆるgrit)のような共通点から、リーダーとアントレプレナーが混同されて語られているような気がしてならない。

集合としてみれば、リーダーという大きなくくりの中に、アントレプレナーは含まれているのだろう。

 

 

歓送会の季節

このところ会社内でのローテーションや転職などで、身近な人を送り出すことが多い。

毎週のように何がしかの歓送会があるというのは多少異常なのかもしれないけれど、商社において人が世界中のあらゆる事業を手がける限り、こうした異動は避けられないし、かつて同じチームで仕事をした信頼ある戦友とまたどこかで会えるのではないかと思えるのなら、そこまで悪いことではないのかもしれない。

社内のネットワークが世界のビジネスネットワークともつながる世界だけに、縁を大切にしたいと改めて思った次第。

死地

死地をも掴む経験は得難いものだ。

我が身を大事に思えば思うほど、人は努力し、自らの生命を賭した一瞬から離れていく。

栄達を目指せば目指すほど、絶頂からの転落こそあれ、我が身を滅ぼしかねない挑戦から人は離れていく。

僕は未だ我が身の近くに死人を見ない。

死屍累々の分野に身を置けども、目の前で人の生死を見ない。

なんという怠惰だろうか。

未だ挑戦が足りないのだと、本物を目の当たり見て、自覚する。

修行期間

書評・読書メモ

日本におけるマイクロファイナンス投資の第一人者(というよりほぼ唯一のビジネス実践者)の慎泰俊氏のブログや独学で建築を修めて世界で評価される安藤忠雄氏の回顧録など、自分がこれはと感じる先達が若い時に刺激を受けたと激賞してやまない本がある。

しかも、アマゾンKindleで無料で全巻入手できる。

電車の中やちょっとした隙間時間の気分転換に読んでいるのだが、これは歴史小説というよりも、古典なのだなとつくづく思う。

 

宮本武蔵 02 地の巻

宮本武蔵 02 地の巻

 

 

Samuel Ullman "Youth"

書評・読書メモ

安藤忠雄の本の「私の履歴書」の中にSamuel Ullman (1840-1924)というアメリカの詩人の詩が出てきて、非常に印象的なので備忘録代わりに。現地では無名だったこの詩人の詩をどこから出てきたのか、日本人が先に取り上げて里帰りをしたのだとか。アラバマ州には博物館も立てられているらしい。

 

"YOUTH"

Samuel Ullman

Youth is not a time of life; it is a state of mind; it is not a matter of rosy cheeks, red lips and supple knees; it is a matter of the will, a quality of the imagination, a vigor of the emotions; it is the freshness of the deep springs of life.

Youth means a temperamental predominance of courage over timidity of the appetite, for adventure over the love of ease. This often exists in a man of sixty more than a boy of twenty. Nobody grows old merely by a number of years. We grow old by deserting our ideals.

Years may wrinkle the skin, but to give up enthusiasm wrinkles the soul. Worry, fear, self-distrust bows the heart and turns the spirit back to dust.

Whether sixty or sixteen, there is in every human being's heart the lure of wonder, the unfailing child-like appetite of what's next, and the joy of the game of living. In the center of your heart and my heart there is a wireless station; so long as it receives messages of beauty, hope, cheer, courage and power from men and from the infinite, so long are you young.

When the aerials are down, and your spirit is covered with snows of cynicism and the ice of pessimism, then you are grown old, even at twenty, but as long as your aerials are up, to catch the waves of optimism, there is hope you may die young at eighty.

混在するアイデンティティ

社会起業

今日は会社の仕事として日本のマイクロファイナンスの第一人者の方にお会いする機会があって、ホクホクしていたのだが、ふと思いついた質問が収奪型資本主義ではないかとの指摘を受けて、少なからず衝撃を受けている。

昨日の記事に引き続き、今日も社会事業をキャリアとするときに考えねばならないパズルについてずっと考えている。

自分が「これが未来だ!」と信じている世界観の中に、思わぬ固定観念が潜んでいる。

別にそれ自体は必ずしも悪いことではないんだが、高度に練り上げられたストーリーを携えて事業をやってみて、結局は表層的な固定観念で自分がそれをやっていたと気づくことほど空しいことはない。

週末に踏み込んで考えてみないといけないなと思う。

アメリカの大学で学んだこと、世界を動かすNPOや、戦略コンサル、留学という行為、そうした過去の経験のみならず、自分のアイデンティティそのものも今の僕のストーリーを支配している。

もともとは自分がストーリーの作者であったはずなのに、ストーリーが自分の作者担ってしまっているのではないか。

そう考えると夜も眠れない。