Zeitgeist

留学した後の話。

シンプルな事業観

スタートアップのファイナンス担当として仕事をしていると、ビジネスは複雑だ、という当たり前のことを毎日嫌という程実感させられる。
 
簡単なモデル一つ作るのでも変動要因は数多あり、しかもスタートアップだけに固まった数字も限られている。
投資家からすれば「全部知りたい」のだろうけれども、こちら側から責任を持って示せる数字には限りがあり、無限に存在しうる資料をいかに構造化して作っていくかが、プロとしての力量を試す場になる。
 
一方、こうしたコミュニケーションの世界とは別に、事業経営という観点も存在する。
そもそもこのビジネスはなんなのか?という問いへの理解なしには、いかなる施策もまもならない。
全体を俯瞰するマクロな視点とミクロな繊細さを持つためにも、思考軸にできるフレームワークができたらいいのにな、と思っていた時に見つけたのがこのアマゾンのブログ記事
 
 
非常にシンプルな図に、アマゾンのビジネス構造と成功要因、そして加速的成長のためのKPIが示されている。
個別のKPI設定やプロセスデザインだけでなく、誰でもすぐにわかる形でビジネスを表現するのも経営企画の役割なので、同じようなメッシュで事業を考えてみたいと思う。
ベンチャーであればこそ、それぞれの部門が自分たちの事業の成長やゴール達成にしゃかりきになっている分、全体がどのようにシステムとして機能しているのかは見えづらくなる。
そして、成長すればするほど、事業が小規模だった時の全体感を知らない専門職の人が各部門に入社してくる。
事業が大きくなることは、企業のビジョン実現の必須条件なので、スピードを遅くすることはできないが、絶えず会社のあり方をシンプルな事業観として共有し続ける必要がある。
 
このチャート(正式には、Fly Wheel)自体は「エクセレント・カンパニー」や"Good to Great"で有名なジム・コリンズが提唱したモデルで、最近流行りのシステム思考などとも近い(自己強化型ループというやつです)。
こういう図があれば、個別のチームが目の前の仕事をやりつつも、自分が他の部門や会社全体を動かす実感を持ってもらえるし、経営者としても個別の論点を全体観を持って眺めることができる。
冬休みにKomazaのFly Wheelも作ってみようかな。

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Komaza Fellowship 7週目

今週は、仕事以上に精神的・肉体的にしんどい一週間だった。
南半球で季節が夏に向かっていくなか、気温と湿度がジリジリ上昇して、寝付きにくい夜が続き、7時間ベットにいても疲れが取れない状況で、追い打ちをかけるようにつけっぱなしで寝た扇風機のせいで鼻風邪まで引いてしまった。
先週仕事の成果が出た安心で疲れが出たのかもしれないが、終始気が落ち着かず、日課の座禅もイライラして座りきれなくなってしまう。
今週は突発事態対応もあり、仕事もそれなりに忙しかったのだが、それ以上に気持ちがどうもせわしなく、気づくと漠然とした不安で胸がいっぱいになった。
プレッシャーで吐き気がしたり、考えすぎで人と話せなくなったり、そういうことはこれまでにも何度もあったことなんだけれど、仕事が順調に走り出しているこのタイミングでスランプに落ちるのは正直意外だ。
 
キャリア戦略上の選択であり、自分で決めたことで、全くケニアのソーシャル・エンタープライズでバリバリ仕事をすることへの不満や後悔はないんだけれど、退職からケニア入りまで半年近く気持ちの休みなく突き進んできた疲れもあるのではないかと思う。
人生初の途上国長期滞在、しかも大都市外ということで、慣れないことや負荷のかかるイベント(停電、断水、強盗などなど)もあり、緊張感だけで乗り切ってきた分の消耗なのだとしたら、これから仕事に本腰を入れていくための大切な転換点にということなる。
 
なんのために仕事をするのか、プロフェッショナルとしてどう成長するのか、自分自身の事業についてどう考えるのか、今後会社に対してどんな施策を打ち出していくのか、ありとあらゆる大きな問いを走りながら組み立てていくのが職業人生なのだろうけど、その転換点で今まで以上にはっきりしたビジョンを描き直すタイミングに来たのかもしれない。
今週末はカフェで美味しくて甘いデザートを食べながらしっかり棚卸ししたい。

Komaza Fellowship 6週目

ケニアにやってきて一ヶ月半が経ってしまった。
今週はイベント目白押しの一週間で、オフィスにゲストが来て彼らに事業やファイナンスの説明をしたり、入社した時から取り組んでいるプロジェクトの中間発表があったりと、今回のフェローシップ前半の佳境だったような気がする。
ストラクチャード・ファイナンスだけでも相応にチャレンジングな中で、そこに開発銀行の保証やインパクト投資家のお金を入れるとなると、可能性は無限に広がっていく。
企業の資金ニーズに応じて、どのような座組みにするのか、そして新しいモデルをいかにパイロットし、スケールさせていくのか、ということはまだまだ頭の使いようがある。
投資家とは一通り年内に会話を開始してしまおうと考えており、ケニアでは12月中旬にはクリスマスムードになってしまうらしく、残り一ヶ月、スピードを上げて仕事をしたい。
 
今週末は仕事仲間達とWatamuという近場のリゾート地に行ってきた。
ケニアにある幾つものビーチリゾートの中でも、とりわけ美しいのがこのWatamuで、沿岸部は海全体が国立自然公園になっている。
ボートを借りて沖合でシュノーケリングしていると、何もかも忘れられて、いい気分転換になった。
ケニア沿岸部はイタリア人の避暑地になっていて、イタリア人が経営するジェラートやレストランも観光地価格ながら楽しめる。
選挙のゴタゴタも一通り終わったことだし、週末はあちこち足を伸ばしてみたい。
 
 
 

Komaza Fellowship 1カ月目

仕事:ファイナンスと戦略の二本柱

CEOから「Job Descriptionまだ決めてないんだけど、何やりたい?」と聞かれた衝撃の出社初日から一ヶ月が経ち、ようやく仕事の方針や自分の役割もメドがついてきた。
今の自分の肩書きはSenior Fellowという経営幹部候補向けのエントリーポジション(6ヶ月後に正規のポジションに移行)で、唯一のCEO直下メンバーとして他のマネジメント・メンバーとうまくバランスをとりながら、会社全体のファンドレイズと戦略立案を担当している。
現時点で、開発銀行やVCからも資金を調達しており、今後はファンドレイズに関連する事業戦略からESGに至るまで多方面のプロジェクトをまとめていくことになりそう。
 
ベンチャーなので仕方がないものの、何から何まで整備されていない(汗)状況なので、「あれもない!これもない!」と言いながら、なんとか優先順位付けして仕事を進める毎日。
ラッキーなことに商社での経験は早速非常に役に立っており、リスク管理規程の整備や契約書のレビュー、ファンドのストラクチャリングまで、事業投資先管理やファンド事業開発関連で学んだことがそのまま1ヶ月目の成果物に活きた。
一方、担当領域の広さもあり、一人でできるプロジェクト数の限界が早くも見えてきているので、プロジェクトマネージャーとしての力も証明して早く自分のチームを作り、社内体制としての事業戦略・ファイナンス戦略を取れる形を目指していきたいところ。
 

生活:1カ月半ぶりの温水シャワーに感激する

キリフィは人口5万人程度の約5キロ四方の小さな街。インド洋に面しており、モンバサから車で約1時間半ほどのビーチリゾートとしても知られている。
地方でありながら、宿泊施設や医療設備、スーパー等も充実しており、外国人にも比較的生活しやすい環境。
ちなみに、マリンスポーツは、スキューバダイビングやヨット、ウィンドサーフィン等も(外国人からすれば)非常に安く、ハワイや日本のリゾート地なら100ドル以上はするアクティビティが数十ドル程度で楽しめるので、来週からは本格的に予定を組んで海辺の生活を楽しもうと思う(運営者は外資系のリゾート会社なので、安全性はそこまで心配なさそう)。
 
「ケニアって途上国じゃないの?」という印象を持つ人も多いはずだが、キリフィ近郊は沿岸部が歴史的な別荘地・リゾート地になっており、山あいに1キロも進めば貧困線以下の生活をしている人々が大半になる、格差のある地域。
純然たる開発マインドからすれば、そうした人々と毎日寄り添って生活しながら本来あるべき支援のあり方を考えることになるのだろうけれど、それだけをやっても事業を成長させ日々のオペレーションを担うことのできる人材は確保できないというのもソーシャルビジネスの現実。
こちらで採用されている人からすれば、ソーシャルだからというよりも面白い会社で給料も悪くないからというのが本音なのかもしれない。
特に農業・林業という人に依存する仕事だけに、この辺りは難しいところだと思う。
もちろん、仕事の時はそうした地域に泊まり込みで行って、農家と酒を飲みながらヒアリングしたりもするのだけれど、清き美しきインパクト思考だけではソーシャルエンタープライズを大きくできないのではないかという気がしている。
 
今は会社から2キロほど、ビーチから徒歩10分ほどのところにある会社の宿舎(コテージのような一軒家)に同僚と一緒に住んでいる。
食事は自炊が中心で、米・小麦から魚介類、肉、パスタまでなんでも売っているので、食生活には困らない。
治安も安定しているので、優雅な海沿いコテージ暮らしを満喫中(笑)というのが実態かもしれない。
 
唯一の難点は、シャワーが水しか出ないこと。
週末に髪を切りにいった時に、温水でシャンプーされて思わず感激してしまった。
日中は毎日30度近くまで気温が上がるので、冷水シャワーはむしろ心地いいくらいなのに、久しぶりに日本の風呂の心地よさは忘れられない。

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Komaza Fellowship 3週目

今週はようやく一通りのイントロダクションが終わった感じがあり、淡々と仕事をしていく毎日だった。
過去2週間で当たりをつけていた内容について、企画を持って行き、それを実行するための手順を考えていく。
アウトプット第二弾も無事すみそうなところで、この先数ヶ月の企画の原本も見えてきた。
あとは、実際に自分がエネルギーを持って動かしていくだけ。
同僚や上司がいないのは少し寂しいが、世界中にいるこの業界の知り合いやエキスパート、大先輩たちに教えを請いながら、なんとか形にしていきたいと思う。
 
仕事が落ち着いてきた反面、プライベートでは反省大。
日本にいた時からほったらかしていた巻き爪が悪化して、病院にいく羽目に。
無事に問題のあった爪も切除し、その後も膿んだりせずに回復しているのは何よりだが、もう日本にいないのだから、ちょっとした怪我や故障でも早め早めに対応しないといけない。
日本にいた時はちょうど退職のドタバタでゆとりなく、先延ばしにしていたのだが、こういう後々大きな問題になりそうなものこそ優先的に対処しないと肝心な時に無理が利かなくなる。
ということで、もう子どもではないのだからと反省。
怪我が治れば大好きなジョギングもビーチでのスイムも再開できるので、そこでしっかり体力を戻して、今後の仕事に備えたい。
 
余談だが、今ケニアでは大統領選挙の真っ只中。
今年8月に行われた大統領選挙の結果、現職でケニア初代大統領の息子のケニヤッタ大統領が再選したものの、最高裁判所がこの選挙に不正が行われたとして結果を無効とし、11月26日の再選挙を求めた。
しかし、この再選挙自体も風前の灯で、野党党首は再び不正が行われる可能性が高いとして、出馬を辞退。
独立選挙委員会のメンバーが辞任するなど、選挙の実施そのものが揺らいでいる。
ナイロビやモンバサでは連日の抗議デモと警官隊が衝突、死傷者も出ている状況で、今回の選挙が流れたとしても与野党間での対立が終わらない限り、ナイロビ始め大都市での経済活動はダメージを受け続けることになってしまう。
個人的にも、日本出発前に紹介していただいた方々とお会いしたいところで、休暇の旅行どころか出張もまもならない状況の1日も早い収束を願ってやまない。

お金の話

今日はお金について。
 
宿舎からオフィスまでは、約2キロほど。普段は片道50円ほどのバイクタクシーで通勤している。
こっちに住んでしばらくした時に出会ったジョセフという兄ちゃんをいわばお抱え的に雇っていて、早朝オフィスに向かう時はいつも彼のバイクに乗っている。
そんな彼から、唐突にお金の話をされたのは、おとといのことだった。
「2週間後に返すから、お金を1,000シリング(=1,000円)貸してくれないか?」というもの。
 
僕はインパクト投資をキャリアとして志した時から、お賽銭以外の寄付を基本的にやめてしまった。
これは、寄付以外の形でプロフェショナルとして貢献するのだというプロボノ活動への決意でもあり、またソーシャルセクター界隈を日々うろついている中で、寄付などし始めた日にはあっという間にお財布が空になってしまうという現実的な問題もあったからだ。
 
そんな経緯もあり、今回も即座に断ろうかとも思ったのだけれど、純朴で真面目な友達のような存在になりつつあるジョセフに即答するのも気が引けて、「せっかく信頼関係ができてきてるのに、お金が絡んでモメるのは嫌だから、ちょっと考えさせて」といってなんとかその場をごまかして帰ってきた。
本業では数百億円単位の投資管理をしたり、個人的な興味から一通りのマイクロファイナンスの勉強もしていた身としては、こんなことにも即答できない自分がなんとも情けない。
 
さてそこから、一両日考えた。
そもそも金額自体は何のこともない。
まあ、ここで知り合ったのも何かの縁だし、久しぶりに思いがけない問いを突きつけてもらえた感謝も含め、ちゃんと貸そうというところまではすぐに決められる(失敗したとしても、人生経験になるなら1,000円は安い)。
出資金の全損を覚悟したところで、さらに悩みが深まる。
 
では、何が正しい渡し方なのか?
 
与信管理どころか、個別の零細事業主にそもそも与信もへったくれもないので、友情を破壊しない範囲で返済確率を上げるにはどうすればいいのだろう。
すぐに思い浮かんだのは、他の友人の連絡先ももらい彼から一筆書いてもらう(ソーシャルキャピタルに訴える)、金品や精神的に愛着のあるものを預かる(担保設定)、用途を指定しそれ以外に使った場合は違約金を設定する(ガバナンス)、一緒にどうやって返済できるか考える(キャパシティ・ビルディング)などなど。
 
いろいろ考えた末に、次のような形に落ち着いた。
・1,000シリングを無利息で貸し付ける
・返済は一括返済でも良いが、毎日の通勤で渡している費用の前払いという形にする
・各移動の費用は、今まで通りその都度ごとに計算し、貸付残高から差し引く
 
話を聞けば、お金がすぐに必要だが、大口の入金がある見込みは無さそうな感じだったので、「一括で2週間後に耳を揃えて返しましょう」というよりも、どちらかというと給料の前借り的な形の方が今回の話はフィットするのではないかという結論に至った。
特に、今回は僕自身が貸付先の雇用者(=収入源)でもあるわけで、その立場を逆手に取った形だ(普通のマイクロファイナンスなら、貸付先の収入は外部的な要因に規定されてしまうので、いかに収入を上げ、キチンと貯蓄させるかが鍵となる)。
 
あと、これとは別に、その時間通りにキチンと来るか、遅れる時に連絡があるか、といった点もチェックしていた(彼はこの点非常にきめ細やかで、それもあって融資自体は即決だった)。
現在、返済3日目だが、休日にあっちこっち行っていたこともあり、すでに300シリングは返済済み。
遅くとも再来週には完済になるのではないかと期待している。
 
 

まとめ

ファイナンスというとLBOやデリバティブなど道具が先立つイメージがあり、確かにその基本的理解は必須なのだけれど、人生や事業で必要なお金をいかに調達することで生活を回し、豊かにしていくのかということは金融という分野の原点だと思う。
特に農業や林業といったフィールドは、種まきから収穫までのコストが大きく、かつ収穫期以外の収入が皆無というキャッシュフローの負担が大きいビジネスだ。
それゆえに、経済力がある大農家や、企業、地主、金貸しが支配階層となり、古くは農奴制、今日ではプランテーション制という極めて資本主義的(しばしば搾取的)な業界を作ってきた。
 
そこに契約栽培やクラウドファンディングなど、個別農家にとってもリーンで経済的負担が軽いビジネスモデルが普及しつつあるのが今日の農林業であり、この業界こそが10年もすれば弱い個人が技術によって経済的にも社会的にもエンパワーされる時代の象徴になるのだと確信している(世界の貧困層10億人の実に6割がこうした零細農家である)。
今自分が働いているKomazaの事業は、こうした零細農家のキャッシュフロー負担を軽減する林業のあり方をビジネスベースで広めている。
その点、変化の最先端を金融事業開発者として自分は担っているわけで、この業界を正しくディスラプトするためにも、そもそものキャッシュニーズに根ざした金融原理主義的な考え方を磨いていきたい。
 
思いがけないきっかけで、とてもいい勉強をさせてもらった。

「一人一業」

我が家には家訓というか、個々人が自由に生きる上での指針となるコア・コンピタンシーみたいなものがある。
直近であれば”Learn or Die”(学ぶか死ぬか)だとか、「信用」だとか、「本質」だとかが、価値観を示す共通言語体系になっているのだけれど、ただひとつご先祖様が残した「一人一業」という言葉だけは、今の時代にそぐわない気がして、しっくり来ないでいた。
初めてこの言葉を聞いた時、「一生をかけてひとつの事業に身を捧げねばならない」という多角化への牽制球というか、いわゆる日本的な根性論のように感じていた。
現代に限らず、歴史の偉人達の中には幾つもの事業で成功したり、多彩な才能を発揮した人物が数多いることも、この言葉をすんなり受け入れられなかった理由かもしれない。
 
だがこれは、単なる事業経営の考え方ではなくて、事業家としての心構えなのではないか、と今の僕は思う。
 
ケニアで、高校生から始めたプロジェクトを延々10年以上もひとつの事業として続ける特異な起業家と仕事をするうちに、世界の見え方が早くも変わってきている。
まだ2週間ほどだが、事業家の壁打ち相手として、彼の息遣いに耳を澄ませながら、ありとあらゆることを考える毎日。
学生時代のプロジェクトとも、研究とも、はたまた大企業でのサラリーマン生活とも、プロフェッショナルの世界とも全然違う景色に触れている。
 
一人の人間が、数年どころか10年、あるいはそれ以上の人生の時間を、自分の好奇心や信念だけで事業に注ぎ込むことの恐ろしさが、ヒリヒリと肌を刺すような感覚で伝わってくる。
そこには、(僕からすれば)英雄伝や成功者の回顧録のような高揚でも、壮大なビジョンへの感動でもなく、今この瞬間への不安で溢れている。
普通ならきっと頭がおかしくなってしまうであろうプレッシャーにめげることなく、日々ありえないことだらけの新天地で淡々と事業をすることが、どれだけ難しいだろうと、頭が下がる。
 
そんな視点に立つならば、「一人一業」という言葉は、「人生でひとつしか事業をしてはならない」ではなく「人生でひとつでも事業ができればいい」という意味に聞こえて来る。
「一人一業」は成功に焦る自分を戒め、何よりも励ます言葉だったのではないか。
 
正直今の自分に、事業を経営するということは想像できない。
だが、もしするとしたら、幾つもの事業を展開して大活躍するビジョンを信じることと同じくらい、今ひとつの事業・プロジェクトに向き合う自分を信じることがきっと大切なのだろう。
 
僕自身はといえば、まだまだ思考も度量も器が小さい。
半年なのか、一年なのか、その程度の時間軸でさえ、不安に心が折れそうになる。手が震えてくる。
この「一業」をときに事業、ときにプロフェッション(職業)、またあるときはプロジェクトと読み替えて、自分を励まして進んでいきたい。