Zeitgeist

留学した後の話。

お金の話

今日はお金について。
 
宿舎からオフィスまでは、約2キロほど。普段は片道50円ほどのバイクタクシーで通勤している。
こっちに住んでしばらくした時に出会ったジョセフという兄ちゃんをいわばお抱え的に雇っていて、早朝オフィスに向かう時はいつも彼のバイクに乗っている。
そんな彼から、唐突にお金の話をされたのは、おとといのことだった。
「2週間後に返すから、お金を1,000シリング(=1,000円)貸してくれないか?」というもの。
 
僕はインパクト投資をキャリアとして志した時から、お賽銭以外の寄付を基本的にやめてしまった。
これは、寄付以外の形でプロフェショナルとして貢献するのだというプロボノ活動への決意でもあり、またソーシャルセクター界隈を日々うろついている中で、寄付などし始めた日にはあっという間にお財布が空になってしまうという現実的な問題もあったからだ。
 
そんな経緯もあり、今回も即座に断ろうかとも思ったのだけれど、純朴で真面目な友達のような存在になりつつあるジョセフに即答するのも気が引けて、「せっかく信頼関係ができてきてるのに、お金が絡んでモメるのは嫌だから、ちょっと考えさせて」といってなんとかその場をごまかして帰ってきた。
本業では数百億円単位の投資管理をしたり、個人的な興味から一通りのマイクロファイナンスの勉強もしていた身としては、こんなことにも即答できない自分がなんとも情けない。
 
さてそこから、一両日考えた。
そもそも金額自体は何のこともない。
まあ、ここで知り合ったのも何かの縁だし、久しぶりに思いがけない問いを突きつけてもらえた感謝も含め、ちゃんと貸そうというところまではすぐに決められる(失敗したとしても、人生経験になるなら1,000円は安い)。
出資金の全損を覚悟したところで、さらに悩みが深まる。
 
では、何が正しい渡し方なのか?
 
与信管理どころか、個別の零細事業主にそもそも与信もへったくれもないので、友情を破壊しない範囲で返済確率を上げるにはどうすればいいのだろう。
すぐに思い浮かんだのは、他の友人の連絡先ももらい彼から一筆書いてもらう(ソーシャルキャピタルに訴える)、金品や精神的に愛着のあるものを預かる(担保設定)、用途を指定しそれ以外に使った場合は違約金を設定する(ガバナンス)、一緒にどうやって返済できるか考える(キャパシティ・ビルディング)などなど。
 
いろいろ考えた末に、次のような形に落ち着いた。
・1,000シリングを無利息で貸し付ける
・返済は一括返済でも良いが、毎日の通勤で渡している費用の前払いという形にする
・各移動の費用は、今まで通りその都度ごとに計算し、貸付残高から差し引く
 
話を聞けば、お金がすぐに必要だが、大口の入金がある見込みは無さそうな感じだったので、「一括で2週間後に耳を揃えて返しましょう」というよりも、どちらかというと給料の前借り的な形の方が今回の話はフィットするのではないかという結論に至った。
特に、今回は僕自身が貸付先の雇用者(=収入源)でもあるわけで、その立場を逆手に取った形だ(普通のマイクロファイナンスなら、貸付先の収入は外部的な要因に規定されてしまうので、いかに収入を上げ、キチンと貯蓄させるかが鍵となる)。
 
あと、これとは別に、その時間通りにキチンと来るか、遅れる時に連絡があるか、といった点もチェックしていた(彼はこの点非常にきめ細やかで、それもあって融資自体は即決だった)。
現在、返済3日目だが、休日にあっちこっち行っていたこともあり、すでに300シリングは返済済み。
遅くとも再来週には完済になるのではないかと期待している。
 
 

まとめ

ファイナンスというとLBOやデリバティブなど道具が先立つイメージがあり、確かにその基本的理解は必須なのだけれど、人生や事業で必要なお金をいかに調達することで生活を回し、豊かにしていくのかということは金融という分野の原点だと思う。
特に農業や林業といったフィールドは、種まきから収穫までのコストが大きく、かつ収穫期以外の収入が皆無というキャッシュフローの負担が大きいビジネスだ。
それゆえに、経済力がある大農家や、企業、地主、金貸しが支配階層となり、古くは農奴制、今日ではプランテーション制という極めて資本主義的(しばしば搾取的)な業界を作ってきた。
 
そこに契約栽培やクラウドファンディングなど、個別農家にとってもリーンで経済的負担が軽いビジネスモデルが普及しつつあるのが今日の農林業であり、この業界こそが10年もすれば弱い個人が技術によって経済的にも社会的にもエンパワーされる時代の象徴になるのだと確信している(世界の貧困層10億人の実に6割がこうした零細農家である)。
今自分が働いているKomazaの事業は、こうした零細農家のキャッシュフロー負担を軽減する林業のあり方をビジネスベースで広めている。
その点、変化の最先端を金融事業開発者として自分は担っているわけで、この業界を正しくディスラプトするためにも、そもそものキャッシュニーズに根ざした金融原理主義的な考え方を磨いていきたい。
 
思いがけないきっかけで、とてもいい勉強をさせてもらった。

「一人一業」

我が家には家訓というか、個々人が自由に生きる上での指針となるコア・コンピタンシーみたいなものがある。
直近であれば”Learn or Die”(学ぶか死ぬか)だとか、「信用」だとか、「本質」だとかが、価値観を示す共通言語体系になっているのだけれど、ただひとつご先祖様が残した「一人一業」という言葉だけは、今の時代にそぐわない気がして、しっくり来ないでいた。
初めてこの言葉を聞いた時、「一生をかけてひとつの事業に身を捧げねばならない」という多角化への牽制球というか、いわゆる日本的な根性論のように感じていた。
現代に限らず、歴史の偉人達の中には幾つもの事業で成功したり、多彩な才能を発揮した人物が数多いることも、この言葉をすんなり受け入れられなかった理由かもしれない。
 
だがこれは、単なる事業経営の考え方ではなくて、事業家としての心構えなのではないか、と今の僕は思う。
 
ケニアで、高校生から始めたプロジェクトを延々10年以上もひとつの事業として続ける特異な起業家と仕事をするうちに、世界の見え方が早くも変わってきている。
まだ2週間ほどだが、事業家の壁打ち相手として、彼の息遣いに耳を澄ませながら、ありとあらゆることを考える毎日。
学生時代のプロジェクトとも、研究とも、はたまた大企業でのサラリーマン生活とも、プロフェッショナルの世界とも全然違う景色に触れている。
 
一人の人間が、数年どころか10年、あるいはそれ以上の人生の時間を、自分の好奇心や信念だけで事業に注ぎ込むことの恐ろしさが、ヒリヒリと肌を刺すような感覚で伝わってくる。
そこには、(僕からすれば)英雄伝や成功者の回顧録のような高揚でも、壮大なビジョンへの感動でもなく、今この瞬間への不安で溢れている。
普通ならきっと頭がおかしくなってしまうであろうプレッシャーにめげることなく、日々ありえないことだらけの新天地で淡々と事業をすることが、どれだけ難しいだろうと、頭が下がる。
 
そんな視点に立つならば、「一人一業」という言葉は、「人生でひとつしか事業をしてはならない」ではなく「人生でひとつでも事業ができればいい」という意味に聞こえて来る。
「一人一業」は成功に焦る自分を戒め、何よりも励ます言葉だったのではないか。
 
正直今の自分に、事業を経営するということは想像できない。
だが、もしするとしたら、幾つもの事業を展開して大活躍するビジョンを信じることと同じくらい、今ひとつの事業・プロジェクトに向き合う自分を信じることがきっと大切なのだろう。
 
僕自身はといえば、まだまだ思考も度量も器が小さい。
半年なのか、一年なのか、その程度の時間軸でさえ、不安に心が折れそうになる。手が震えてくる。
この「一業」をときに事業、ときにプロフェッション(職業)、またあるときはプロジェクトと読み替えて、自分を励まして進んでいきたい。
 

仕事と学習の両立

今日も無事CEOとのミーティングを終え、成果物を仕上げ、プロジェクトの形をはっきりさせることができた。
何も仕事がないところから、ひたすらプロアクティブに問題提起し、仕事を作り、実行に向けた準備をする。
ようやく全体像の一片がつかめるようになってきた気がする。あとはハードに知識を詰め込み整理していく作業。
 
自分でもびっくりしているのが、この3週間、7時半出社5時半退社という非常にホワイトな仕事をしているということ。
前は鼻息荒く、ひたすら経験を積みたくて色々な仕事に手を出し、あっぷあっぷしながら日々過ごしていたのとは大違い。
働いている国の文化もそうだし、まだ仕事が本格化していないとか、十分タスクをとっていないとか、そういうことも考えるのだけれど、当分はこのペースで仕事を続けてみようと思う。
今までのように、目の前に立ちはだかるものを全て斬り捨てていくような仕事法ではできない仕事に手をつけている実感がある。
「やりまくること」よりも「考え抜くこと」の方が、今の会社にとっては価値がある。
本当に考え抜いた問題提起、プロジェクト設計、そして無理のない実施策。人の過労や能力に依存しない仕事の進め方。
性質の違う考え方をしなければ、先進国のトップファーム以外では仕事ができなくなってしまう。そうしたことも含め、サステナブルな仕事のあり方を考えたい。
とはいえ、自分のアウトプットは、手の切れるようなものを淡々と作り続けよう。
 
同時に、自分のための勉強には一層力を入れようと思う。スタートアップでは常に正しい判断をし、アイデアを多量に出し、色々な試行錯誤をする必要がある。
今は何もかも真新しいけれど、所詮は小さな会社。遠からずして、成長の壁、想像力の壁にぶつかるのは目に見えている。
だからこそ、改めて経営管理・金融の原典にあたるべし。かつて読んだ本であっても、今と昔では違う学びがあるはず。
そして、言語。スワヒリ語は年初にはペラペラになっている必要がある。経営企画の小さな世界で閉じこもらないためにもこれは大切。
真剣勝負での勉強を続けるためにも、仕事とプライベートの割り振りは大切になってくる。

Komaza Fellowship 2週目

第二週の振り返り。引き続き、経営メンバーと各部門長から送付された資料を取りまとめながら、ダウンロード作業に没頭する。
膨大な資料に圧倒されつつも、地道にカタログ付けして整理し、投資家向けのコミュニケーションに備える。
無事になんとか、最初の成果物を届けることができたので、まずはひと段落と思いきや、早速より大きなスコープのプロジェクトが舞い込む。
言われる前にアジェンダを準備する、というのは前職の上司たちの教えだったが、この2週間だけに限って言えば、大成功。
次回のプロジェクトも、元はと言えば骨子をこちら側から提案して、構想を準備していたものだったので、任せてもらえるのは何よりも嬉しい。
これから業務が増えればますます難しくなるのだろうけれど、向こうから水を向けられる瞬間あるいは直前に整理された回答を打ち返せるよう、日々の準備と頭の体操を続けたい。
 
そもそも、社長直轄、ポジションなし、専門領域なし、職業定義なしという立場。
いかに、経営レベルのアジェンダをしっかり整理しつつ、現場やフィールドの世界観への繊細さを持つことができるのか。
スタートアップとはいえ、全貌とディテールを理解した上で、正しいプロジェクトを立ち上げ、実行できるのか。
今まで散々悶々としてきた機会が、眼前にあるということに感謝しつつ、一人の職業人として全力投球することを改めて誓う。
たまたまネットでホンダの藤沢武夫のドキュメンタリーを見て、優れた起業家を支えるという今に至る原点に立ち返る気持ちになる。

Komaza Fellowship1週目

ケニアでの記念すべき最初の1週間目が終了して。エアコンなし、温水なし、ヤモリいっぱいの生活にも慣れてきたところで、今週の振り返り。

 

総括

キャッチアップは順調、仕事の方向性もつかめてきたので、きちんと時間内に成果を出していくことに注力する方針。ケニア国内外 からこんな僻地に驚くほど優秀な人が集まっているのはグッドサプライズ。前職のプロジェクト経験がほぼそのまま仕事に役立つことも多く、専門用語での議論で全く困らなかったのは奇跡だと思う(とはいえ前職の経験というのは与えてもらったもので、もう増えることもないので、そこから何をするかの方がはるかに大切)。今回の転職で、立ち位置がアナリストからオフィサー的な感じになっているのに早く慣れて、仕事のペースを作りたい。

 

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オフィスの様子

オフィス内の様子。手前が筆者の席。

 

生々しい記述もあるのだが、せっかくなので今週書きためていた日々の感想を載せておきたい。

 

先週末:

金曜の夜に到着して倒れこむようにベットに飛び込んだのが2日前。ビーチで気休めをしつつも、正直心が落ち着かない。体が強いわけでもないのを、いろいろ心配してギフトを送ってくれた前の会社のチームや上司に安着の報告をしながら、冷静に自分はやっていけるのだろうかと不安になる。このやばい感じ、留学に向かう直前に似ているかもしれない。スキルセットもさることながら、一から人間関係をつくっていくプロセスにプレッシャーを感じる。

 

月曜日:

Onboarding初日。どうやら会社は自分の採用後も急成長しており、オフィスだけで50人強、フィールド合わせると300人強の陣容に拡大していることが判明。

ファンドレイズもSeries Aで10百万ドル以上レイズしており、次シリーズに向けた準備も始まりつつあるということで、事業は想像以上に順調のように見える。

あまり良く分かっていなかったのだが、自分のいるSenior Fellowというポジション自体、今回新設されたものらしく、しかもどこの部門にも属さずCEO直轄案件を担当するというのも、初めてのことらしい。「期待しているからね〜」という言葉が地味に突き刺さるのを忘れようと、淡々と仕事に向かう(というかやっぱり業務要件定義されていない!!!)。東京やアメリカで仕事をするなら、思いっきりダッシュをかけるところだが、今回ばかりはCEOのアドバイスに従い、最初の一ヶ月は緩く仕事をして慣れることに注力しよう。

 

火曜日:

午前中は人事による会社案内。各部門を巡って挨拶しまくる。名前を覚えるのがきつくなってきたけど夜も復習していち早く覚えたい。

 

水曜日:

ようやくCEOからデータルームへのアクセスコードが届く。ついに、ということで久しぶりにアナリスト魂が疼く。経営メンバーとの面談も着々と進め、いち早く信頼を得たい。全部門の横断でバリューを出せるのか、領空侵犯で撃墜されるのかは、信頼の有無にかかっている。これまで会社を作ってきた先人への尊敬を忘れずに、誠実に仕事に向き合いたい。

 

余談だが、投資する側より投資される側の方が百倍楽しいのではないかという感覚が日に日に強まっている。みんな応援する側に立ちたがるけど、中で手を動かす充足感というのは全く別の性質。それだけを頼りに10年かけて会社を作ってきたCEOへの畏敬の念も同時に強まっていく。そして、初めての断水。風呂は入れるうちに入っておくべきという教訓を体得した。

 

木曜日:

引き続き、断水が続き、貯水槽から水を汲んでシャワーを浴びる生活。当たり前の生活のありがたさを思い知る。仕事は順調にキックオフしつつあり、月曜日はかなり曖昧模糊としていた仕事内容も、輪郭が見えて来る。とにかくは会社全体の事業の把握とキーパーソンとの関係づくりということで、ひたすら主だった人にアポ入れしつつ、フェロー仲間とのランチ中も彼らの仕事について質問攻めにする。初めてのスワヒリ語の授業。会議と仕事で頭が過熱している状態だと、先生の問いにおうむ返しで答えることさえ辛い。

 

金曜日:

自分のデスクがついに確定したので、ようやく文字通り腰を落ち着けて仕事に取り掛かる。   CEOの部屋の真向かいで農家向けのアプリ開発をする部門と同居。ドイツ人のリーダーと早くも気が合い仲良くなる。アプリ・システム開発はこれまでなんとなくしか触れていなかった世界なので、これを機にしっかり勉強したいし、今後会社の中期経営戦略を立てるための重要指標を測定するのは彼らなので、今からブレストに入れてもらって、がっちりSpec-Inすることにした。夜は海辺にあるゲストハウスでピザ・パーティー。毎週金曜日の恒例行事らしい。久しぶりに夜中までビールを飲みながら、ハウスメートとビリヤードをする。

 

 

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オフィス敷地の一角に山積みされた木材。農家から買い付けた木材を一旦保管し、電柱やポール用材として販売する。

転職のご報告:アフリカに移住します

9月15日をもって、新卒からお世話になっていた丸の内にある総合商社を退職しました。
伝説的な上司たちや、志も能力も日本トップクラスのチーム、大学のサークルとしか思えないくらい仲の良い同期たちに囲まれて、恵まれた2年2ヶ月でした。

 

仕事の方は、オルタナティブ投資商品全般の開発という壮大なテーマを与えられ、PE(バイアウト、ファンド・オブ・ファンズ)、VC、海外不動産、森林・農地投資、再エネ投資など、多種多様なプロジェクトに関わった経験は、インパクト投資という黎明期の業界に飛び込む自分にとってこの上ないアセットです。

 

「どうして商社で金融?」とよく聞かれますが、事業作りを通じて、日本に新しい産業を作るという使命感を帯びた金融ビジネス観は総合商社という世界的に見ても稀有な業界でしか得られないものだったと実感しています。
日の丸を背中に世界を代表するファンドマネージャーと直接やりとりする中で、どうやってアセットクラスとしてのインパクト投資を作るべきかを考え続けた2年間でした。
「従順ならざる新入社員」だった自分を信じて応援して下さった、上司、同僚、同期、そして熱意と好奇心しかないインパクト投資オタクの自分に様々な機会を下さったソーシャルセクターの皆様に改めて御礼申し上げる次第です。

 

10月からは、ケニアの農業系スタートアップKomazaで働きます。というか、実はこのブログもケニアの新居から投稿しています。


インパクト投資をはじめ、ビジネスと金融の力で社会課題の解決をするプロフェッショナルになるための第一歩として、NGOとして10年以上の実績ある組織をビジネスベースの事業として再構築していくエキサイティングな現場に入っていく予定です。

大学時代から面白いと思っていたインパクト投資はその後も急成長を続けており、昨年だけでも1000億ドル(約10兆円)以上が投下されたと言われています。

一方、実際に個別の事業に対してハンズオンで投資をして、かつ経済的・社会的リターンを両立している事例はごく一握り。

こうしたファンドのマネージャー達にヒアリングし続けた結果、今の僕が出した結論は、「インパクト投資の答えは投資家サイドではなく投資される側にある」というものでした。

資金の流入は順調ですが、投資可能な(Investable)な事業を作れることが、今後の業界をリードする上で重要と判断して、今回思い切って現場の事業に飛び込むことになりました。

とはいえ、こうした考え方はマクロ観でしかなく、実際には泥臭い日々の仕事に向き合いながら、地道に成果を積み上げていく毎日になります。


しっかり結果を出せるよう、World’s First and Best Practiceの実現に向けて仕込んでいきます!

 

ブログでは、これまで同様面白いと思った事業やプロジェクトに加え、バックパック以外途上国経験ゼロ・開発バックグラウンドゼロの金融系日本人の悪戦苦闘を生中継していきたいと思いますので、読者の皆さま、これからも、よろしくお願いいたします!!!

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(職場があるモンバサ郊外の 町キリフィのビーチ、真っ白な砂浜と真っ青なインド洋が圧巻)

開発の世界への第一歩(終)

すっかり間が空いてしまったものの、ようやくプロジェクトがほぼ完結したので、その後の経過をご報告。

前回前々回の投稿も参考まで。

 

・木・金:水曜日のコンサルテーションが無事終了したことを受けて、残りの論点を潰しにかかる。追加のレポート読み込みや論点だし、消化しきれていないミーティングなどを行う。リーダー以外は週末に帰国予定ということもあり、どちらかというと今回のミッションの成果物となるAide Memoirのドラフトに注力する形となる。同僚の一人は2週間後にはアフリカでのプロジェクトが控えており、いわゆるBack to Backに近い形で大変そうな印象。彼はRED+という気候変動をテーマとした林業系の案件を担当することが多いらしく、ミッションも単独で行くことが多いらしい。今回もその事前打ち合わせの電話会議が何件も入っていた。

 

・チーム帰投後:フォローアップの為に現地に残ったチームリーダーを残して、僕は日本、もう一人の同僚はカナダへ帰国。最終日前後に分担した内容を元に、Aide Memoirというミッションの概要とコンサルテーション内容をまとめた報告書を作成する。2週間近く連日ミーティングを繰り返したこともあり、方向性は定まっていたが、関係者との会話で出てきた相場観や政策について具体名ベースで裏取りしながらレポートにするのは相応に骨が折れる。2週間ほど行ったり来たり、コメントを繰り返して最終系に仕上げた。

 

ちょうど本職の方も転換期ということで、慌ただしかったものの、なんとか走りきった。

ソーシャルセクターやビジネスの世界とは全く違う考え方や、高度な専門性に触れる貴重な経験が出来て、このような機会をもらえたことに本当に感謝。

学んだことなどについては、またの機会にまとめていきたい。