ケニアスタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

223週目:金沢

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新年にようやく公私ともに用事が片付いたので、思い切って旅行に出かけた。

行き当たりばったりの旅は、学生時代のバックパック旅行から好きで、コロナ禍でできなかったことの一つ。

ケニアにいると大自然に触れる旅はできても、新しい町や歴史を散策するのは難しかった。

今回の行き先は、金沢。想像していたほどの雪はなくとも美しい。

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1日目:

思いつきで往復の自由席券を買って、新幹線に飛び乗る。宿は定宿。駅前温泉付き以上に必要なものなどない。

新幹線で店をリストアップ。ホテルから電話するも、どこもかしこもお休み。正月きつい。。。

ようやく見つけた蕎麦屋に行くもラストオーダー30分前なのにしまっていた。。。金沢カレー屋も5分差でだめ。タクシーに乗るべきだったと後悔して近くの中華料理屋で定食を食べる。

帰り道にとても素敵なジャズが聞こえてきて足を止める。

遅く入ったのがラッキーでミュージシャンの方々と相席に。

街を歩いていたら、ジャズが聞こえて店に吸い込まれるなんて、ニューオリンズみたいですねと盛り上がる。

実は50年以上続く金沢最古のジャズバーらしい。

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一日目でたどり着けたのは、幸運だった。

出会った人たちが皆暖かい。ジャズの後に立ち寄ったバーでも、色々な人と話をした。

嗅覚を信じ、好奇心に従って飛び込んでみる。

人の温かさに身を委ね、オススメを素直に受け入れてやってみる。

初めて会った人と積極的に仲良くなる、あらゆるステップが心地よいリハビリだ。

今回の旅はうまくいく気がして、気分が良い。

 

 

2日目:

昼前に稼働開始。前日にバーでおすすめされた、大河のラーメンを食べる。

北国らしい、しっかりした味噌ラーメン。お勧めされたイカ墨ラーメンを食べる。

今回の旅の目的であった、県立美術館の古九谷を見に行く。

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国宝・重文にも指定されている仁清の雉は相変わらず隙がない京焼の最高峰だが、古九谷のDefiantな意匠には到底かなわない。

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(色絵鶴かるた文平鉢:写真は石川県立美術館からお借りしました)

徳川幕府のもとキリスト教が禁止された17世紀にハートやスペードといった西洋的なモチーフを使ったり、はっきりとした色使いと自由奔放な筆さばきで京にも江戸にもない新たな芸術を作った無名の職工たちを想像する。

作品が放つ挑発的なエネルギーに刺激されて、展示場を2周した。

名品展も開催されており、加賀友禅と吉田窯の後期復興九谷に目を奪われた。

古九谷ばかり見ていたが、古九谷の断絶から一世紀余りを経て再興された骨のある作品の存在を知る。翌日に県立九谷焼美術館にいくことを決めた。

 

上野から移転してきた国立工芸館は、アールヌーヴォーの展示。

ジャポニズムの流れが西洋のガラス工芸に触れるとどうなるのか、底流に共通する自然への耽美的な視点を感じる。

媒体が陶磁器からガラス器に代わっただけで、そのまま茶碗でもできそうなくらい敷居を感じなかった。

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鈴木大拙館は、何がやりたいのかよく分からなかった。小ぎれいにまとまっているが、Scratching the surfaceという感想を超えない。龍安寺の石庭や円覚寺の道場の方がはるかによく禅を捉えていよう。設計者、運営者の自意識が煩い。

 

電話会議を挟んで、夜はまいもん寿司の本店へ。少し歩いてタクシーを拾おうとしたが、そもそも住宅地にタクシーが来ない。2キロ余り歩く羽目になり、30分で寿司をかきこんだ。前日にバーでお酒を飲んだ地元の人たちに勧められただけあって味もなかなか。白眉はのどぐろの炙りと白子の軍艦。お店の人たちが親切で、閉店間際に滑り込んだ僕を気の毒がって親切にしてくれた。心のあるお店だった。

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3日目:

朝は振り返りやメールなど、溜まっていた作業を少しする。

気持ちを落ち着ける意味でも、アウトプットをし始める元気が出てきたのは良いことだ。

本当は金沢城あたりを散策予定だったのだが、前日の九谷焼が忘れられず、復興九谷焼を深掘りしようと意気込んで、石川県立九谷焼美術館がある大賞寺へ。

ローカル線で1時間かけていく道すがら、ランチを調べ、当地の名物である伝統猟法の鴨料理の店を見つける。

鴨の治部煮定食と焼きを頂く。治部煮は白みそ煮込みのような甘くてしっとりとした味わい。だが、聞くところによると、味噌の類は一切入れず、加賀名産の甘口醤油とみりん、酒にとろみをつけて、同様の味をつけているらしい。

上品な甘さが、都会的で田舎らしい、忘れえぬ味だった。

ちなみに、お正月の付け合わせになっていた、縁起物の数の子と巻物の味付けは、絶妙な甘辛さで勉強になった。

甘さが寒い気候にとてもよくあっていて滋味を感じる。

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食後はそのまま県立九谷焼美術館へ。特別展「吉田屋と粟生屋の至宝」がお目当て。昔は古九谷にばかり気を取られていたが、古九谷断絶後1世紀あまりを経て復興した後期九谷も素晴らしい。当初のいかめしい創作性こそ失われているが、技術的な展開の多様性、技巧的な進化、京焼など他地域の芸術との交流は、豊かな芸術を育んでいる。

大学生の時の自分は鮮烈な古九谷にばかり気を取られていて、発展形の面白さを見落としていたのだろうか、と反省した。気持ちが高ぶったので、全展示を2周して、目録と地元作家の作品を買う。いわゆる五彩手の古九谷的意匠で、ちょっとした楽しみになればよいと思う。

 

ここまで来たので、こうした焼き物が焼かれた、史跡九谷焼窯跡を訪れる。

焼き物が何度も窯を通るのは誰もが知っているが、九谷焼の多様な表現をどのように焼き分けるのか、細密な描写をどのように守るのか、など技術的な説明が興味深い。

今は電子窯が主流であっても、一時は3か月かけて窯をいっぱいにしては焼いていたという史跡を見るのは想像力を掻き立てられる。

細々と芸術家が取り組むというよりは、ひとつの産業である。

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最寄り駅は加賀温泉、山代温泉・山中温泉もあるのだが、今回は時間がないのでパス。

駅についてダメもとで知り合いから勧められた超人気の鮨屋さんに電話をすると、なんと5時(1時間後)なら空いているという。

慌てて特急に飛び乗って、鮨屋に直行した。

 

つまみは、素材・調理ともに申し分ない仕上がりで、搾りたての生酒との相性も抜群だった。

ぶり、かに、白子、いか、それぞれに素材の味が活きる。

にぎりは、大将の絶妙な手さばきにくぎ付けになってしまった。

握っているようで、束ねているだけのような仕草で、流れるようにお鮨が出てくる。

ひとつの握りとしてまとまっているのが奇跡と言えるようなふわっとしたしゃりは、口に入れるとあっという間に溶け出して、魚のうまみと一体化する。

2年ぶりのSUSHIではない鮨で、感動して言葉を失ってしまう。

正直この鮨を食べるまで、鮨そのものへのこだわりを忘れかけていた。

分かった気になってしまったり、忘れていることに気付かなくなってしまう、鈍麻とは恐ろしいものだと、自戒する。現地、現物、現場である。

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AdhocでImprovisedな旅としては最高の終わり方。ほかにも散策しようかと考えていたが、満足して何もやる気がしないので、宿に戻って温泉に浸かった。翌日、新幹線で帰京した。

 

 

総評:

バーンアウトはこれまでにも何度か経験があり、その度ごとに違う方法で復帰してきた。

肉体的な疲労だけなら睡眠で解決するが、気力の消耗に必要なのは休息だけではなく、一種のショック療法だったりする。

眠ろうとする焦りで寝れなくなる不眠症と同じで、気力を取り戻そうとする焦りがさらに心を消耗してしまう。

だからこそ、今回は無気力を押して、美しいもの、自分がかつて感動した古九谷を見に行こうと思った。

 

一人旅は心の洗濯だ。不確実な中で情報を集め、ベストな判断をしようとして、それでいてセレンディピティというか、場の流れに委ねる。

直感に従うことも忘れない。人のふれあいから新しい世界を垣間見る経験。

九谷焼の創造性と反抗心に勇気をもらい、自分の積極性が人生を動かしうることを思い出させてもらった。

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