ケニアスタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

200週目:30歳を迎えての振り返り

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気付いたら30歳になってしまった。

時間が経つのは~みたいに言われても、アーリーキャリアでは方向転換できると感じていた余裕が、着実になくなってきている。三十路という言葉が、けっこう刺さる笑

大丈夫、まだアラサーの商標は使える←

 

さらっと振り返ると、迷走していた10代を経て、漸く自分の居場所を留学して見出した20代前半、社会起業に心を向けつつも基礎固めで歯を食いしばった20代中盤、よくわからないまま仮説だけ持って飛び込んで何とか結果が出せて20代終盤、という感じ。

20代序盤でプライベートエクイティの世界に片足を突っ込んだ頃は、本流のファイナンスで仕事をするべきか、自分の直感を信じて未開拓のインパクト投資に舵を切り続けるか、悩んでいたが、結果的に大学時代からインパクト投資を追いかけたようなキャリアになった。

 

中学生の時だったか、本田宗一郎の「自由に生きるということは、嵐の中に生きるのと同じである」という言葉に何となく惹かれた。

当時は「自由」の意味も理解していなかったし、「自由に生きる」ほどの覚悟もなかったが、留学時代や仕事での挑戦を通じて、徐々に感覚が身についてきた気がする。

自分の中にある発想を、技術的に手堅く固めながら、中長期で意味のある仕事として表現していく感覚のようなものが、はっきりと立ち上がってきた。

ひとりの職業人として世界標準のパフォーマンスを満たせるか、という外発的な問いから、自分はどういうスタンダードを定義し、他と違うことができるのか、という内発的な問いに軸足が変化しつつある。

研究や仕事を通して、「本気で押せば結果がついてくる」という人生そのものへの手ごたえは、20代で得たかけがえのない財産だ。

 

20代の後悔は、考えすぎて思ったままに行動するのをためらった機会の多さである。

考え抜くことは大切だが、大きな取り組みほど、多様な可能性を同時進行で見ていく必要があるし、人間だれしも失敗するわけで、確証を持たない行動に対して鈍感力を持たねばならない。

一貫性は芯の部分で持ちつつ、あとは天に任せるような気持ちの余裕が、今の自分の想像の限界を超えた仕事には必要だろうと直感している。

挑戦者としてハングリーでありながら、雅量に富む人物たれるか。

他者を信じ、自分を信じられるか。

30代は何の気なしに振り抜いていく。気軽に試してみて、もっと失敗してみたい。

どうにでもなるだろう、やる気になれば再起はできる、という確証を20代で得たからこそとれるスタンスがあるはずだ。

人生の短さを意識しつつも、これからが本番という気概で取り組んでいきたい。

 

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