ケニアスタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

書評「リフレクション」

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リフレクションや学習の理論を学びたい人は、リーダーシップや組織論の重要理論、経営者の名言集でおなじみのテーマなどが随所で登場する本書を、物足りなく感じてしまうかもしれない。

ただ、忙しい日々の合間に、自分やチームなどで深い内省をサクッとやりたい人にとっては、シンプルで実践可能な問いのセットを提供している良著。

スタートアップでも使えるし、大企業、公官庁、教育、NPO、家族、なんでも使いやすい親しみやすいフレームワークが本書の魅力だと思う。

同時に、紹介されているフレームワーク(とりわけ、「認知の4点セット」)は使いやすいだけではなく、使い方次第ではどこまでも自分の中の課題を深掘りすることができる。

この1年余り、僕自身もこのツールを使ってみたが、心の深部をえぐり取るような厳しい内省もできるし、全く見落としていた世界に気付く内省もできるのが、一見単純なこのツールの面白さだと思う。

 

リフレクションをする理由

本書はリフレクション(内省)の様々なパターンや活用法を通じて、自分を変え、周囲を変えることをテーマとしている実践本だ。

「学習する組織」をはじめとする、組織・学習系の分厚い本を読んだことのある人にとってはおなじみの概念を、誰にでも日常的に使えるようにするためのツール集、といったほうが良いかもしれない。

 

「組織変革は自己変革であり、リーダーとして周囲と向き合う自分を変えることが、周囲を変化させる近道である」というまえがき通り、

  • 自分を知る
  • ビジョンを形成する
  • 経験から学ぶ
  • 多様な世界から学ぶ
  • アンラーンする(学んだことを手放す)

というプロセスを経て、自分が変わり、周囲も変わるというリーダーシップのサイクルを提示する。

 

一般的に「リフレクション」というと単なる「振り返り」を想像しがちだが、「何のためのリフレクションなのか」を明確化すれば、学習サイクルをより効果的に回すことができるというのが著者の主張。

具体的には、

  • 自分を知るリフレクション(自分の動機の源を知ることで、目的を定める基礎ができる)
  • ビジョンを形成するリフレクション(動機の源につながる目的を持つことで、ビジョンが形成できる)
  • 経験から学ぶリフレクション(ビジョンを実現するために仮説を立てて行動し、経験から学ぶことができる)
  • 多様な世界から学ぶリフレクション(未知の課題に取り組むときにも、多様な視点で、創造的な解決策を見出すことができる)
  • アンラーンするリフレクション(過去の成功体験が通用しないときにも、自らの学びを手放し、新たな視点を持つことで、解決策を見出すことができる)

こうして並べられると、無意識的に使い分けていたと気付くし、逆にやったことのないパターンがあることも分かってくる。

 

「認知の4点セット」

リフレクションの中核となるツールが「認知の4点セット」である。

紹介される他者との食い違いや自分の中での違和感を、リフレクションのヒントにする手法であり、強い意見や感情的反応、行動パターンなどを、分解して客観的に理解する手助けになる。

 

僕自身も最初にこのフレームワークを見た時は、「ふーん」くらいにしか思っていなかったのだが、実際にテーマを決めて書き出してみると、想像と全く違う結果に何度も驚いた。

実際にやってみると、自分の中で「正しい」と思う意見が、自分の①個別具体的な経験、②経験により引き起こされた感情、③感情が固定化して生まれた価値観の組み合わせで生まれた思い込みでしかないことが、痛いほど明確になった。

厳しい決断を迫られるとき、自分の中の強い感情と向き合うとき、自分の思考パターンから抜け出したいとき、アンラーンしたいとき、苦手な相手とのコミュニケーションに悩んだとき、などには漫然と悩んで堂々巡りしがちだったが、まずは4点セットで書き出してみる、というのを習慣化してから結果が違ってきている。

隠れていた想像力の限界が露見し、乗り越えやすくなるのが、このツールの利点といえる。

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事実や経験に対する自分の判断や意見を、「意見」「経験」「感情」「価値観」に切り分けて可視化することによって、自分の内面を多面的に深掘りし、柔軟な思考を持つことができるようになります。

 

 

リフレクションが紐解く自己理解、対話、チーム、組織変革

大学生の時に「学習する組織」を読んで以来、ずっと疑問に思ってきたことがある。

それは、古典ともいえる同書が描く「学習する組織」が、「学習する個人」により構成され対話と内省を通じて「学習する組織」となる、という現実離れした理想像である。

Civil SocietyやPolitical Participationの文脈で、理想論的な提示は珍しくないものの、NPOの現場で仕事をしたり、優秀なはずのメンバーがガンガンぶつかる現場を見ていた自分にとって、「学習する組織」は目指すビジョンとしては優れているが、Howが欠落している、いわば経済学における効率的市場仮説と同じくらい、「思考の上では役に立つけど実際には使えない」存在だった。

「学習する組織」が理論上の北極星を示すトップダウンの発想なら、本書はあくまでも自分と目の前の人という狭いコミュニティから徐々に学習する文化を広げていく、ボトムアップの発想といえる。

自分の想像力の限界を可視化して、乗り越えるという個人の変化をきっかけとして、対話を通じて目の前の対話の相手、ひいてはチーム、コミュニティと徐々に主語を大きくすることで、本書のフレームワークはより大きなムーブメントを生むことができる。

一般に閉じたプライベートな行為であるリフレクションを、対話を通じてさらに自分と相手両方の理解を深めるという相互的なものにしているところが、本書と一般的な自己啓発本の違いかもしれない。

 

チームの成長の典型的な落とし穴はキリがない。

  • 現実とあるべき姿のギャップが認識されても、チームに解決できなさそうな雰囲気が漂っている
  • 一見成功しているようでも、実は過去の成功パターンにしがみついているだけで終わりが見えているのに見てみないふりをしている
  • 少数の強力なリーダーシップに依存しており、メンバーの成長が止まっている
  • 経営メンバーの仲が悪い
  • ハードルを越えた先で新しい目標が設定できず、変化が止まってしまう
  • 1 on 1でうまく対話ができず、結果的にチームが機能しない
  • 浸透した文化がドグマ化しており、活発な議論が減り、紋切り型の議論が増えた
  • 話が通じない、怒りを覚える相手がいて、毎度こじれる
  • 「何で変わらないんだ!どうしていつも!」という怒りを変革者が抱き、周りは知らん顔している
  • 組織・個人が同じような失敗を繰り返している
  • 組織が分断されていて、互いに他責・批判的になっている
  • そもそもリーダーである自分がどこへ行くべきなのかわかっていない(ことは誰にも言えない)
  • 事業や組織の成長に応じて、起業家・経営者にとって大切な原動力をドグマ化させることなく、高速でアップデートしなければならない

 

こうした状況に、まずは自分が変わることで変容を伝播できるというのが、著者のメッセージであり、実行に移すためのヒントが、本書にはたくさんちりばめられている。

本書の発想は決して新しいものではない。
「自分を変えることで周囲を変える」といった内容は稲盛和夫氏や松下幸之助氏を始め、古典的な経営者の著作でも何度となく登場するテーマだが、こうした古典に足りないのはニュアンスであり、「そうした心構えをどのように会話や内省のフレームワークに落とし込み、状況に合わせて運用するか」である。

 

リーダーに求められるHowの理解とリアルタイムでの内省

瀧本先生の「僕武器」は、現代版「学問のすすめ」だ、と以前書いた気がする。

「僕武器」は思考停止して行動停止してはダメな大人になってしまうから、自分で考えて行動しなさいと若者に語り掛けた問題提起の名著といえる。

一方で、とるべき行動が分かっても、それはスタート地点にすぎない。

自分の挑戦に人を巻き込み、反対や障害に直面しながらも、進み続けるには、自分の中の葛藤とも向き合わなければならないし、チームや反対勢力とも逃げることなくコミュニケーションをとり続けなけらばならない。

猛反対にあったり、わかってもらえなかったり、誤解されたり、数多のコミュニケーション上の衝突にめげることなく相手を巻き込み続けるための力、ひとりよがりの正義感ではなく周囲を巻き込んで同じビジョンに向き合い続けるための力は、いかなる変革においても必要不可欠だ。

その力の根本をなすのが、リフレクションなのではないか。本書を読んでそう感じた。

 

内省を深めることができるのは優れたリーダーの条件である。

マルクス・アウレリウスの時代から変わらないこの条件も、現代に至ってさらに難易度が高まっているように思う。

決定的な違いはライブ性である。

後日談的な内省ではなく、今・この瞬間にリーダーは周りと接点を持ち、対話し、内省し、共感できるビジョンを伝えないといけない。

昔なら「武勇談」になりえただろう強烈なエピソードや身勝手なふるまいは、カリスマ性ではなく共感や対話を武器とすべき今日のリーダーには許されなくなっている。

内省の技術は人を動かす必要のある誰もが身に着け、磨いていくべきスキルなのだと思う。

 

余談:「リフレクション」を形作ったもの

既にお気づきの読者もいるかもしれないが、本書の著者は僕の母である。

 

ハーバードビジネススクールを卒業してバリバリ仕事をしていた母は、僕が物心ついたころから毎日のように仕事の話をしてくれた。

どんな業界の会社と仕事をしていて、組織の課題は何で、どうすべきと考えているか。何が上手くいかないのか。経営者はいかにあるべきか。優れたリーダーならどうしたか。

子どもには早すぎるテーマかもしれないが、彼女はそんなことは全く気にせずに、一緒に議論してくれた。

いつしか、「リーダーシップ」という言葉が家の中での共通言語になった。

 

小学校高学年になるころ、NHKで「プロジェクトX」という番組を放映していた。

毎度食い入るように観ていた僕は、登場する経営者の姿に心を奪われ、気に入った番組の書籍版を取り寄せ、経営者の回顧録や会社の社史を読むようになった。

お茶の間の議論は、次第に具体的な事例と解釈の場になっていった。

とりわけ紛糾するのは、「プロジェクトXで紹介されるような骨のある経営者やチームがいたはずの優良企業がどうして低迷してしまっているのか?」というテーマ。

なぜ創業者は成功パターンを過信してしまうのか?どうして組織は変化できないのか?なぜ、日本はバブル崩壊後も変わることができなかったのか?

「変化」や「承継」、「組織」というテーマが新たに食卓に加わった。

”Japan as No.1”の絶頂期にMBA留学した母から、コテンパンにやられた米国企業のエクゼクティブが貪欲に日本企業の成功要因を勉強し、何とか自社に取り込もうとしていたという話を聞かされたのもその頃だったような気がする。

 

年月が経ち、高校2年生になったある日、母から神妙な顔で「教育をやってみたい」と告げられた。

本書のあとがきにもあるように、日本企業の組織変革をテーマに仕事をしてきた母は、組織を作り直すうえで学校教育の重要さを肌で感じ、長年馴染んだコーポレートの世界から飛び出す決意をしたらしい。

当時の母は、MITのピーターセンゲ教授「学習する組織」の邦訳版に携わったりしていて、アカデミックな議論になることもよくあった。

1年あまりして、日本の大企業と仕事をしてどっと疲れて帰ってくるイメージの母が、ある日やけに明るくなって帰ってきた。

面白いNPOを見つけたという。Learning for AllとTeach For Japanという日本の教育界に鋭く切り込むふたつのNPOの母体となったTeach For Japan準備会である。

母が特に驚いていたのは、NPOを率いるリーダーとその周りにいる大学生教師たちである。

息子と2-3歳しか違わない大学生が、名だたる大企業のエリート管理職でも苦戦する研修をわがものにして、次々に現場で課題を解いているのを目にして、彼女の中の「日本の組織を変えるのは難しい」というメンタルモデルが崩れていった。

僕が大学生になった翌年に3.11が起きると、母は「このままの日本社会を次の世代に残したくはない」と言い出して、一層教育に熱を入れるようになり、「子どもを変えるだけではなく大人も責任をもって社会を変えるべき」とソーシャルセクターに限らず行政や企業とも連携した挑戦を始めた。

そうした年月を経て、今年の3月からは文科省の最も重要な審議会である、中教審の委員にもなった母を、僕は心から尊敬してやまない(面と向かって母に同じことを伝えるのは、あと20年くらいは恥ずかしいので、本書評をもって許してもらおう)。

 

執筆プロセスは激論だったと聞いているが、アイデアが多く、説明が抽象的な母の思考をここまで分かりやすく表現した編集チームの皆様に頭が下がる(母から話を聞きながら、プロフェッショナルの庵野監督の回を思い出した)。

 

誰でも使える「認知の4点セット」 に込められたもの

30年以上の実務と研究、挑戦を集めたのが本書「リフレクション」なのだ。

本書の中核をなす「認知の4点セット」は、家では国内外の専門書に埋もれて過ごしながら、伝統的日本型経営の変革という難題に挑み、企業を変えるとはどいういうことか、社会を変えるにはどうすればよいのか、問い続けて生まれたシンプルすぎるフレームワークである。

著者には一人の職業人としての苦悩があり、挑戦があり、願いがある。

 

同時に、彼女は理屈っぽくて手のかかる息子を育て、大学生が中心のNPOでメンターをし、行政や地方という従来の企業変革の枠外でも挑戦しながら、「どうすれば誰もが簡単に使えるツールがつくれるか?」を模索してきた。

それが、本書を、事例や理論をまとめただけのビジネス書や、机上のあるべき論に基づくポエム本とも異なるものにしている。

 

会社でも、役所でも、学校でも、NPOでも、あるいは家族でもいい。

いかに組織を作り、変化させ、チームをエンパワー出来るか、という普遍的な難題を解くための具体的なヒントが本書では提示される。

本書は、組織変革という大上段なテーマでなくとも、自分や他者について「現状を変えたい」と願うあらゆる立場の人の糧になるのではないか。

手に取って頂ければ幸いである。