ケニアスタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

「風立ちぬ」と堀越二郎「零戦」

My title
 
海外在住者の特権であるNetflixジブリに待望の「風立ちぬ」が登場して、感銘を受けて衝動買いしてしまった一冊。
 
映画を見たのは大学卒業まじかで、ファイナンスやら戦略やら、外交やら、社会の先端を行く技術に大いなる期待を膨らませて、それを自分の将来に当てはめてすべきか悩んでいたさなか、技術的な理想とそれに至る犠牲と両方を見つめてなお人生を充実させていく主人公の姿に、フィクションとはいえ刺激を受けた記憶がある。
今、僕はまさに実際の堀越二郎が最初の設計を任されたのと同じ、社会人5年がたったところにいる。
自分はどこまで理想をはっきりと描けているのか、理想に近づけているのか、何度となく自問しながら観た。
 
本の方は、飛行機設計の思想的背景を時系列で説明し、どのような要請から伝説的名機の零式艦上戦闘機が誕生したのか、そしてどうして特攻機としての残念な最後になってしまったのか、落ち着いた言葉で述べられている。
地頭の良さがにじみ出る文章で、複雑でテクニカルな事柄であってもシンプルに説明されている。
このあっさりとした説明スタイルは、ゼロ戦が様々な制約条件のもと、ギリギリの線で最適化をして生まれたこととも無縁ではなく、無限の制約と可能性をシンプルなテーマに凝縮できたからこそ、不可能を可能にした名機が生まれたのだと思う。
 
また、西洋を追いかけるだけだった日本の航空界が、初めて世界の先を行く偉業を成し遂げた裏にある、技術者としての哲学に同じく専門領域を持つ職業人として強く印象を受けた。
特に記憶に残っている部分を抜萃しておく。
 
  • アイデアというものは、その時代の専門知識や傾向を超えた、新しい着想でなければならない。そして、その実施は人より早くなければならない。戦果をうるには、時代に即応するのではなく、時代より先に知識を磨くことと、知識に裏付けられた勇気が必要である。
  • われわれ技術に生きる者は、根拠のない憶測や軽い気持ちの批判に一喜一憂すべきではない。長期的な進歩の波こそ見誤ってはならぬと、われとわが心をいましめつつ、目の前の仕事に精魂を打ち込んだ。
  • 技術者の仕事というものは、芸術家の自由奔放な空想とはちがって、いつも厳しい現実的な条件や要請がつきまとう。しかし、その枠の中で水準の高い仕事をなしとげるためには、徹底的な合理精神とともに、既成の考え方を打ち破ってゆくだけの自由な発想が必要なこともまた事実である。与えられた条件がどうにも動かせないものであるとき、その条件の中であたりまえに考えられることだけを考えていたのでは、できあがるものはみなどんぐりのせいくらべにすぎないであろう。
  • 与えられた条件の中で、とうぜん考えられるぎりぎりの成果を、どうやったら一歩抜くことができるかということをつねに考えねばならない。
  • (最初に設計を任された機体について)殻を破った斬新な基本形態や構造を採用しながら、当時の私は、部下にすみずみまで適切で細かい指導があたえられなかった。意余りて技伴わざる設計主任であった。いわば、上から下まで欲求不満の塊のまま、ただ締め切り日にまに合うようにと、仕事を進めたような次第であった。
  • 技術マンパワーのおとる日本では、新規開発にしても、現在使っている機体の改良にしても、アメリカの二倍の時間がかかるとみなければならなかった。だから、日本こそ開戦と同時に、挙国一致の重点政策に切り替えるべきだったのに、開戦から二年たっても、総花主義が行われていたのである。