気候変動スタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀をしていましたが、気候変動スタートアップを創業するためスタンフォードにいます。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

閑話休題

My title

明日、大切なプロジェクトの会議があり発表を控えているので、今日は閑話休題。ざっくばらんにアショカで働きながら、思ったことを書いてみようと思う。

 

まず。このインターンは無給である。そう、タダ働き。

なので、別に朝ゆっくり10時頃オフィスへ行こうが、昼間にワールドカップを見ようが、文句も言われない。

それなのにどうしたことか、今の仕事が楽しくてたまらない。

平日は朝8時から夜はスタバに籠ってプロジェクトのアイデアを練る、休日は本や関連するレポートを読んで、散歩をしながらメモを取る。

最初の2週間こそ、久しぶりのまともな休みに少しはのんびりしたが、先週と今週はだんだん気合いが入ってきて、もうどこにいて何をしていても頭と心がそっちに向いてしまう。

考えるのが楽しくてしょうがない。

新しいおもちゃをもらった子どものように、はしゃぐこころを落ち着けながら、仕事をしている。

 

ちょっと待った。

 

考えるのが楽しくてしょうがないというのは、実はとても危険なことだ。

なぜなら、考えは具体的な結果を伴うとは限らないから。

一介の学部生の論文がプロの学会で相手にされることがないように、僕がどんなに胸を張って、命を削って創り出したアイデアや思想も、具体的、つまり実体を具えたものにならなければ意味がない。

考えるという行為にかかる労力があまりに大きいが故に、人はよく自分が考えたことを愛して過大評価してしまう。

 

僕は思想家ではない。問題は解決するものであり、アイデアは実現されるものだと信じているせっかちな活動家だ。

今回のアショカでの経験や常に考え続けることの意味は、そのアイデアがアショカというメディアを通して世界中の社会起業家へ価値を提供できたり、自分が将来大きなプロジェクトをする礎になったりすることができて初めて価値があるといえるのだ。

 

ここで一つ。頭をよぎる思いがある。

僕は本当に「将来への準備」のために今アショカで働いているのだろうか?

なぜ、僕は自分を持て余していると感じながらも、すぐさま事業をしようと思わないのだろうか?

それはリスクからの逃げではないのか?

世界から優秀な人たちが集まる場所にいる自分に酔ってはいないか?

 

「風がまだ吹かない」、というのは、

本当に時期がまだなのか、風を感じられないだけなのか、

それとも風は自分で起すものなのか。