Zeitgeist

留学した後の話。

Thesis Completed

卒論が終わった。

 

273ページの文章に、留学生活の全てをぶつけた実感だけが残っている。

 

この一年間を費やした研究であり、高校生の時にした天皇機関説事件の研究から、ブラウンでの非西洋世界での国際法の歴史研究、ナショナリズムの研究まで、これまでの学生として携わってきたテーマの総括をする形になった。取り上げた事例に至っては、慶應時代に潜っていたクラスの内容だ。

そして、その過程で考えた「インターネットという新しい技術がどのように社会の既存の仕組みと関わるか」というテーマは僕自身のキャリアの先を照らすものになった。

 

一から事例研究を考えて、それを海外から実行し、国際関係学の学術的なコンテキストに沿った理論モデルを作るという一連の作業を通して達成できたことには満足している。

きっと同じようなプロセスを、僕はこの先も何度か経験することになるだろう。(というよりむしろ勉強のために本を書くように習慣付けようかとさえ思ってしまう)

この調査の中で、毎週のようにオフィスで相談に乗ってくれた教授、図書館の分野エキスパート、インタビューに応じてくれた第一線のジャーナリストや政府関係者の方々には頭が上がらない。

 

そして、一番嬉しかったのは、最後まで自分から逃げずにこの仕事を成し切れたこと。

この辺で終わりにすればいいと思いながらも、あと少し、あと少しと提出の直前まで粘りに粘った結論部や、膨大な資料を網羅的に検証した事例研究まで、(瑕疵こそあれ)妥協をせずに最後まで進めたことは素直に誇らしかった。

同時に、自分を追い詰めただけでこれだけアイデアが浮かんでくるのなら、人生のもっと早くもっと大きな壁に自分を対面させておくべきだったと、悔みもした。

集中力と持続力の向上は依然としてデベロップメントターゲット。

 

最後の二週間に至っては寝ている時もアイデアを思いついて飛び起きたまま、徹夜で書いてしまったり、食事を11食しかとらなかったり、と「終わらせるため」という目標のために変則的な生活になってしまった。

提出する日に至ってはもはや普通の人間として成り立っていなかった気がする。

ここはまだまだ改善の余地があると思う。

 

自分は正気を保つために、狂気を保たなければいけない人間だ。

でも、その狂気のために一つのことだけに没頭して周りに迷惑をかけることはもう許されない。

継続的に、長い目で確実な成果を生みうる狂気のあり方を考えていかなくてはならない。

社会人として、まずは基礎的な勉強もあると思う。

それをおろそかにせず、次への準備を粛々と進めていきたい。