気候変動スタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀をしていましたが、気候変動スタートアップを創業するためスタンフォードにいます。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

Komaza 26週目:吉川英治「三国志」を読む

このところ、人生に悩んでいる。

ケニアに来て半年が経ち、仕事も充実して、順風満帆なのだけれど、むしろそれが恐ろしい。

うまくいっているということは、挑戦が不足しているということでもあるし、目の前の仕事に没入する姿勢は、忙しさの上では勤勉でも人生の上では怠惰になりうる。

何を目的に生きるかという大きな問いは、まだ回答が出せていないし、その一部である、社会的事業に対して起業家、投資家、アドバイザーのどの立場から関わっていくのかという役割付けもまた不明確なままだ。

 

この前のブログでも書いたように、僕には四半期ごとの目標があり、中期で答えを出すべき人生の仮説がある。

まだそれに答えを出すには早いことはわかっているが、何事も真剣に向き合って考え始めないことにはおいそれと答えは得られないので、仕事にも慣れてきたこのタイミングで改めて内省を深めようとしている。

 

吉川英治の「三国志」を読み始めたのも、ちょうどその頃で、前回読んだ小学生の時とは全く段違いの示唆を得ている。

最近マネージャー的な仕事も増えてきているので、マネジメント本やブログも読みあさっていたが、大所高所からの人事(Human Resourceではなく、Human Affairs)を学ぶには格好の教材ではないかと惟う。

 

個性をどう生かすべきかという問い

同書の原本は三国志自体ではなく三国志演義なので、もちろん脚色はされているのだろうけど、誰一人として小小翼翼とした優等生として活躍する人物は描かれない。

自分の能力・個性をギリギリまで研ぎ澄ましてキャラを立たせ、ここぞという時に発揮することで歴史に名を残す、そういう世界観が今更ながら新鮮だ。

ビジネス書にせよ自己啓発書にせよ、自分を起点にしてあるべき姿を説明するものがほとんどの今日に、何事もほとんどは歴史上の些事同然にして俯瞰的に眺める三国志の距離感というのは、人生の向き合い方として正しいものだと思う。

社会に阿ったり、命を妙に惜しんだり、自分を変に可愛がったりするのも、この視点から見ればバカらしいものに見えて来る。

 

正義をいかに実現するかという問い

確か僕が初めて三国志を読んだのは、小学校の読書感想文か何かだったと思う。

その時は、歴史家の視点だとか、正義の多元性なんてか全く知らずに、無邪気に劉備の正義感や桃園の誓いのドラマチックさ、諸葛亮の鬼才に目を見張るだけだった。

 

ただ、最終的に歴史が劉玄徳を正義にしただけで、実際このストーリーは誰もが勝者になりえ、後世に正義の英雄として名を残し得たのだと思う。

旧来の体制が破綻した時代に、新しい時代のビジョンを描いた群雄達が、各々の正義を主張して矛を交えたこの時代は、なんとエネルギーに溢れているのだろうかと思う。

劉玄徳の正義がたまたま勝ち残って唯一の答えになってしまっているけれど、その過程で描かれ挑まれたビジョンの壮大さとそこに結集した人々の熱量には心踊らされるものがある。

 

今でこそ、国を統一するだとか、戦争で領土を獲得する、といったことは時代錯誤になりつつあるが、その一方で、ビジネスにおける競争も似たようなものではないだろうか。

優れたビジョンを描き、実現するために自分よりはるかに優れた人物を多数集めて、ものすごい熱量で突き進むというのは、起業家も群雄も変わりないことだろう。

そう考えてみると、こまごました自分のスキルやスペックにくよくよしている自分が小さく見えて来る。

もっと大きな視点で堂々と時代と向き合ってはどうだろうかと自問したくなる。

 

事業に向き合う役割の違い

三国志の人物というのは、どんなに偉くても何者かの意志に使われている。

曹操や劉玄徳、孫権といった三国それぞれには、軍師あり、戦士あり、能吏あり、それぞれの戦がおこれば必ず彼の地の名士や賢者が出てきて、それぞれが歴史的な役割を担う(それがストーリーとしての歴史というものの常かもしれない)。

主従関係にあっても、君主たるもの、智謀を出すもの、武勲を立てるものという役割は明快で、自分がこの時代にあったらどこに自らを当てはめるべきか、そして重要な局面でどう振る舞うだろうかと想像が膨らむ。

天下統一という一つの事業に対する立ち位置の違い、各人物の立ち位置に合わせた活躍の仕方の違いというのは、キャリアをいかに全うするかを考える現代の自分にも考えさせられることが多い。

 

そして、使う側・使われる側の上手下手が垣間見えるのは、決して主従関係に限らない。

少し下がって眺めれば、それぞれの群雄の運命もまた、歴史的宿命というものの意志に沿って描かれている。

運命を盲信するつもりはないけれど、幸運・不運というのは事業がどこまでいけるかを決める要素になるものなので、これもまた一人称の成功談とは違う視座を得ることができる。

 

さて、来週も頑張ろう。

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Komaza 25週目:なぜ日本人が途上国で貧困削減に取り組まなければならないのか?  

ちょうど、Komazaに入社して半年になるので、そもそもどうしてケニアのソーシャル・エンタープライズなのか、という問い(考えてみれば、ちゃんと書いていなかった)について、振り返りもかねて書いてみたい。

 

ソーシャルセクターに対する僕の考え方は、8年前ブラウン大学への願書で書いていた頃から、日本で働いた数年を経て決定的に変わっている。

高校生の卒業式で答辞を読んだ僕は、「日本は国力に見合った貢献を世界の未来に対して果たしているのか?」と問いかけた。

「リーダー不在の国」と言われた日本が、世界第2位(だった)の経済大国として国力相応の責任感を持って自国以外の国と関係を築き、よりよい世界を共に創ることがリーダーシップだと信じていたからだ。

その点、ソーシャル・セクターとの関わりも、こうした「高貴なる義務」の一環として始めたことだった。

 

一方、今の僕の認識は高校生の時からかなり悲観的なものになっている。

日本の経済力、技術力、ひいては社会的資本が衰退の一途をたどり、世界どころかアジア圏内でもすでにNegligibleになった今、実は日本こそが富める国から貧弱な国へと変わりつつというのを、訪れた先進国・新興国の先々で実感した。

20世紀の開発経済学を支えた、産業を育て、経済を伸ばせば、皆豊かになるという発想には、「豊かになった後」の社会の姿は欠落していた。

アメリカのトランプ政権誕生をめぐる格差の議論など、実は「先進国」と呼ばれる社会にこそ、かつて途上国支援の枠組みで語られることが多かった貧困解消やコミュニティ作り、社会的インフラの整備、金融包摂、行政サービスへのアクセス、といったアプローチが求められるようになっているのである(ちなみに、途上国支援のイメージが強いマイクロファイナンスは、実はフランスやアメリカといった先進国でも活用されている)。

 

そして、かつては「支援してもらう側」だったケニアを始めとする新興国では、社会の多数を占める若者が続々と起業し、新しいテクノロジーをどんどん活用しながら、身近な社会課題を解決している。

とりわけ、先進国の老朽化したインフラを前提としない、一足飛び(例えば銀行口座を使う前に、電子決済インフラを使う、大型発電所を作る前にオフグリッドにするなど)の社会の発展をLeapfrogging(カエル飛び)と呼ばれ、欧米からも熱い視線を浴びている。 

イノベーションといえば、シリコンバレーであるのと同じように、ソーシャル・イノベーションのメッカは新興国にあるのだ(実際、新興国のソーシャル・イノベーションに投資するためのファンドが続々誕生して、欧米の一流起業から数百億円単位で投資を受けている)。

 

こうした背景を理解するにつれて、かつて日本が世界を救う一助になるためのツールであった、ソーシャル・ファイナンスや技術力は、落ちゆく日本を守るための最終兵器に見えてくる。

日本の経済成長は今後も望めないだろうし、深刻な労働人口現象と高齢化は日本が最後まで守り続けてきた社会のレジリエンスをも蝕んでいくだろう。

そうした絶望的な社会環境を、どう支えていくのか、そのヒントを得るために自分はケニアにいなければならない。

日本で今困難な社会課題に挑み続ける先輩方や同志たちに加わり、未来の日本を導くためにこそ、今僕は日本にいてはならないのだと思う。

 

なんで日本の国旗を背負って仕事ができる商社をやめて、ケニアなのか?

日本という自分のテーマから逃避しているだけではないか?

途上国と先進国では、ソーシャルセクターのあり方もぜんぜん違う。

 

そういった問いに少しは答えられただろうか。

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Komaza 24週目:

このところ就活やキャリアの記事ばかり書いていて、振り返り記事の投稿が遅くなってしまい、反省中。
就活記事は反響もあって、なおかつ普段話していることでもあるので、一度全て棚卸しをしてみたいという意図があった。
 
加えて、自分では常に上を目指して、過去の成功を捨て去っていこうとしていても、気づけば成功体験を語ることに愉悦を覚えたり、それで手軽にバリューが出せることに満足したりしてしまう弱い自分がいるのも事実。
今となっては成長の足かせでしかないノウハウや経験を、文章化して発信してしまうことで、手放してしまいたい、そう思っている。
情報を溜め込むと、情報に縛られてしまう。
内在化したナレッジをそのまま持っていると、それが既成概念となって自分を縛り始める。
ナレッジが毒に変わってしまう前に、吐き出して体系化し、客観視する。
 
なんとなく書き始めて、なんとなく続いているこのブログも、思えばそんな意味があるのかもしれない。
 
今週は仕事がパツパツになってしまっているので、この辺りで。
 

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やりたいことのある新社会人へ:3年で会社を辞めるために、入社前にできること

日本では桜が咲いて、卒業シーズン真っ只中、ということで、4月から新社会人になる方向けの投稿です。
 
新社会人に会社を辞める方法論を贈るのはどうなのかと言われそうですが、日経新聞などでも3年で退職する若手が増えていることが取り上げられる昨今、新社会人でさえがむしゃらな新人時代を経ればすぐに次の人生の決断フェーズにはいってしまうのもまた事実です。
新しい環境に飛び込んで余裕がなくなる前の、今のうちに考えておいたほうがいいこともあるだろうと思い、あえてこの記事を書きました。
 
人生の節目を自分でデザインして、「今の職場に残るのか、新しい挑戦をするのか」をシビアに判断し続けることは、一本線のキャリアというものが存在しない中で、納得のいく職業人人生を実現する数少ない方法になるのではないでしょうか。
充実した学生生活を送り、就活ランキングの上位に名を連ねる超一流企業に入社した人たちには、「とりあえず3年」と言ったまま、気づけば30代という人や、会社のブランドと自分の能力を取り違えて、気づいたらどうにもならない(転職したくても市場価値がつかない、今の高待遇から動きたくなくなる, etc.)状況になっているケースも散見されるからです。
もちろん、一流企業でしかないビジネスの機会や経験もあるので、別に転職をしないといけないというつもりはありません。
僕自身も最初に就職した三菱商事で非常に多くを学び、貴重な体験をさせてもらいました。
ただ、もし真剣に将来起業をしたり、自分の中長期の目標に向けて、ファーストキャリアを確実なステップにしたいというのであれば、それに向けた準備をするのは入社前の今だと思うのです。
 
この記事では、新卒で三菱商事に入社することを決めた自分が、「5年後につまらなくてプライドだけ高いダメな大企業若手になっていたらどうしよう」とか「大学時代にこれほど情熱を持っていたインパクト投資のことをすっかり忘れていたらどうしよう」とか「まったく希望していない部署に配属されたらどうしよう」とか不安になりながら、考え出して実践した「ちゃんと辞める方法」を紹介しています。
新しい仕事への向き合い方や、新入社員としての務めを果たしながらどうやって人生のパッションを追い求めることができるか、悩んでいる人の参考になれば嬉しいです。
 

その1:未来の自分に手紙を書く

内定を受諾した日、僕は3通の手紙を書きました。
1通目は、今回の仕事が自分の人生に果たすであろう意義(Investment Thesisについては過去記事参照)、自分の目標と決意について。
2通目は、1年後の自分に向けた手紙。1年目の結果はどうだったか、仮説は検証できたか、仕事の成果は上がっているか、次に向けたビジョンをきちんと考えているか、など進路の意思決定で悩んだことも含めて想いをぶつける内容です。
3通目は、5年後の自分に向けた手紙。これは、一言、「やりたいことは見つかりましたか?会社は辞めましたか?」としか書いていません。
 
最初からやる気がなかったわけでも、辞めたいのに会社に入ったわけでもありません。
行くからには最高の成果を上げて、最高の評価を得るということは大前提でした。
ただ、忙しい日常や目の前の仕事に圧倒されて、あっという間に20代が過ぎるという話をよく聞いていたので、未来の自分が人生を振り返る場を強制的に作り出すための仕組みとして準備しておきたかったのです。
 
自分の就活はかなり厳しい選択(基本的に受けた会社のほぼ全てからオファーが来て、一番リスクが高い決断をした)だったこともあり、1年後や5年後に自分が慣れきってダラダラしていたりしたら喝を入れてやろうという狙いもありました。
1通目と2通目は、職業人としての原点を忘れないためのリマインダーのようなもの。
5年後に「もう会社は辞めましたか?」と書いたのは、5年もいたのだからやりたいことを見つけて一歩を踏み出す選択をするのか、それともやりたいことを社内で見つけて「会社を辞めない」という選択をするのか、主体的に決断しているかどうかを問いたかったからです(辞めることを目的化する意図はありません)。
 
実際、この手紙のおかげで、本来5年かかるかもしれないと思っていたほぼ全ての項目を2年半で達成することができました。
この手紙を折に触れて見返しながら、自分が成し遂げたいことと次のステップに向けて必要なことを確認し続けた結果、上司や友人からのフィードバックを頼りに勉強するのではなく、自律的に進歩を重ねることができたことは、今振り返ってみても大きなプラス要素でした。
そもそも何のためだっけ?という問いは、フルタイムで仕事をしている時には厳しい質問で、何回かに一回は、「そんなのわからない!」とパニックになることもあります。
 
最初に何を考えていたかを明文化しておくことで、初期仮説に対してどう思うか内省し、短時間の振り返りで仮説を修正して磨き上げることができるようになります。
仕事をしていて時間がない中、毎度ゼロベースで考える内省では、基本的に似たようなことを毎度考えて終わりの堂々巡りをしがちで、1年たっても前年と同じ程度の議論をしてしまうリスクも高いわけです。
 
自分への手紙は、仕事自体が辛い時期に初心に返って、自分を励ますいいモチベーションツールにもなります。
あるいは、いわゆるブラックな職場で肉体的・精神的に追い込まれた時に、自分を守るために会社を去るべきか、それとも踏ん張るべきか、という決断も最初の目標と照らしてみれば、「必要な努力」なのか「無駄な苦労」なのかの区別もつきやすいでしょう。
 
 

その2:四半期レビューをする

四半期に一度は自分の状況をリビューしていました。
 
スキルセットや仕事への姿勢(プロフェッショナリズム)だけではなく、この仕事からいかに自分のキャリアのテーマを見つけていけるのか、現時点の最善解は何か、どうやって人とは違う事業をすればいいのか、いま関わっている業界構造からの学びは何か、などなど、「そもそも自分は何をしたいのか」という問いをより具体的にした問いを自分に投げかけて内省の材料にします。
ほとんどの場合、答えは出なかったですし、正直最初の一年は強制的にヤバイ環境(※海外大卒でフリーダムに慣れきった自分が、日本の最もコンサバな総合商社の新入社員をしている状況)でどこまで戦えるか、挑戦してみること自体が目的だったので、すぐに会社を辞めたり起業したりということは考えませんでした。
 
ただ、間違いのないことは、こうした本質的な問いを答えが出ないなりに自分に突きつけ続けることで、少しずつ自分のキャリア観がはっきりしていくこと。
そして、仕事をしていても、友人と遊んでいても、常にそのヒントを探すようになることです。
小さな違いのように見えて、数年単位で見ると結構違いが出てきます。
新入社員研修で同期に話した内容と、数年後のフォローアップ研修で話す内容が同じレベルというのは、わりとよくある話です。
 
ほとんどの人は、人生の節目にキャリアを考えるといいますが、僕はそれは遅すぎると感じています。
「節目」はたまたまできることも多いですが、その節目での正しい戦略判断を支えるのは、節目と節目の間の準備だと思うからです。
尊敬する経営者、藤田田は「心眼を開け、好機は常に眼前にあり」と言っていますが、節目の存在に気付くアンテナを研ぎ澄まし、それをきちんと活用する準備をするために、定期的な振り返りは有効ではないでしょうか。
 

その3:運命と仮説について考える

人生には無限の可能性がある。ということは、可能性の数だけ決断をせまられることになります。
とはいえ、筋の悪い方向に行けば破滅してしまうけれど、大まかな流れさえ見誤らなければ、あとは決断後の工夫や努力でなんとかできてしまうというのもまた真実でしょう(そもそも困難がない選択など存在しない)。
つまり、キャリアにおいて決めることのウエイトは、決めた後の努力などに比べれば、たいしたものではないのかもしれません。
 
コンサルのケース面接みたいに大上段のマクロ分析から絞り込む必要はありません。
たまたま担当になった案件を眺めてみる、たまたま見つけた事業を見てみる、「運命的」というほどドラマチックではないかもしれないが、偶然の中に面白いものがないか、というのは大切な視点です(じゃないと「世界経済の動向」とか「アプリ業界の変遷」を分析しているうちに、現実世界も変わっていってしまう)。
リベラルアーツで学ぶ「点をつなげてストーリーにする力」さえあれば、綺麗な説明なんていくらでもできてしまうわけで、正直なところ決断はもっと直感的でもいいんだと思います。
世の中の全ての可能性を検証する時間もリソースもない以上、出会って好きならそれでいい、というのが基本スタンスになるのです。
たまにキャリア相談をすると、「MECEじゃない」とかいってマウンティングしてくる人がいますが、MECEなキャリアの決断をするには人生がいくつあっても足りません笑
 
好きなフィールドや、大好きほどではなくとも興味を持ったフィールドがあったら、現場に行ってみたり、話を聞いてみたりしながら、業界観やその世界の未来、21世紀に与える歴史的意義など自由に妄想してみる。
そこで、「ああ、今面白そうだけど、ここからは下り坂だろう」とか「今はそんなに評価されていないけれど、確実にチャンスがありそうだ」とか「若手で活躍するのは難しい、出来上がったマーケットだ」とか、想像を膨らませていくと、自ずから可能性のある分野が見えて来きます。
 
今回のケニアの林業スタートアップという選択肢も、最初は仕事で森林投資ファンドを扱ったり、新興国投資のファンドマネージャーと会話をしたりしたところがきっかけで、そこからは面白いと思ったVCに飛び込みで話を聞きに行ったり、海外の投資カンファレンスに休暇を利用して参加したりして、徐々に見えてきたものです(休暇のたびに足を運んだ先で出会った面白い人や事業の話をするので会社の人からは、「熊平はいつ本当の休暇をとるんだ」と笑われていました)。
自分の足を使って、面白いものを探していくことは、キャリアの選択肢を広げる(=ソーシング)ことにもつながります。
決められないと思ううちは、歩き回って選択肢を広げることに専念するのも有効です。
その上で、ある程度の節目(大企業の若手だと数年で1000万くらい稼げるようになって、足腰立たなくなっちゃう人が多い)を先に決めておいて、そこでしっかり決断する、という方が、一気呵成に転職先を探して意思決定するよりも無理がないのかもしれません。
無理やり決める必要も、転職を絶対視する必要もないので、視野を社外に広げつつ、自分のタイミングで納得のいく決断(残るか転職するか)をすればいいのではないでしょうか。
 
進路のことは漠然と悩んでしまいがちですが、「要は決めの問題」という状況、つまり、決めること自体よりも早く決めて仮説を検証することの方が重要な場合も少なくないので、そこは以前のブログ記事も参考に、考えてみていただければと思います。
 
結局、キャリアの決断も、所詮は仮説検証のプロセスでしかありません。
「こういうキャリアにしたい!そのためにはこういう道がある!」という仮説をいかに実行しながらアップデートできるか、そのスピードと精度が、終身雇用も会社によるアイデンティティの担保もない不確実な現代で、自己実現への近道になるはずです。
 
長文になりましたが、新社会人のみなさんのご活躍をお祈り致します!
 

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Komaza 23週目:

今週は、初めてのボード・ミーティング(取締役会)。
毎四半期、会議自体は開かれているが、普段は電話開催になるところ、今回は年に一度の現地開催ということで、ヨーロッパやナイロビから非常勤取締役の投資家がやってきた。
 
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ファンドレイズのピッチや森林ファンドの担当者ということで、今回は自分もプレゼンに参加して、いつも電話越しだった投資家とも顔合わせをする。
経営戦略や投資家向けのメッセージについて話すのは、この半年間ずっとCEOだけだったので、数年前に今よりまだ企業として形になっていないタイミングで実際に投資実行を決断した彼らからのフィードバックは目から鱗の内容。
売り込むべき論点の優先順位付けや、ボトルネックとなる部分など、頭の中で煮詰まっていた絵姿の輪郭がはっきりしてくる。
田舎で孤独に仕事をしていると、こういう外的な刺激が本当に大切で、貴重だ。
 
また、毎週のように電話会議しているサンフランシスコ・ベースの経営メンバーもきてくれて、初めて直接面談できたのも、大きな収穫。
お互いに敬意とオーナーシップを持って、会社のファイナンス政策をドライブできるよう、いいミーティングができた。
 
自分含め分刻みで打ち合わせが入り、山のような突発事態も相まって、金曜日は久しぶりに気絶しそうになりながら仕事をしていた。
この2−3週で大きな山を越えることができれば、ひと段落する「はず」なので、とにかく生き抜くことを目標に明日からも頑張りたい。
 
余談:
いままで個別に相談を受けてきた内容をブログにするようになって、じわじわ反響もきているので、興味のある方はぜひ参考にしてください。
就活ノウハウの記事も今書いている部分で数万字になっており、近日公開予定です。

 

国際機関など公式の場での英語でのスピーチ・質疑応答 

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留学・進学・就職・転職の時に使えるフレームワーク集 

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日本企業での経験が海外のスタートアップで生きるのか?という問いへの答え

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