アショカ・フェローの選抜インタビュー
しばらく前の話なのだけれど、社会起業という言葉の歴史を知りたい人には興味を持ってもらえそうなので、アショカの「もう一人のビル("the other Bill")」ことBill Carter氏のイベントに行ったときの話を書きたい。
アショカの創業者のビル・ドレイトンは有名だけれど、アショカ設立当初から世界で1,000 人以上のフェローを選び出した「もう一人のビル」を知る人は少ない。
30年前に社会起業家という概念を誰も知らなかったところから、世界で最も厳しいと言われるフェローシップ・プログラムを作り上げた彼が日本にやってきたのは先月のことだった。
今回の投稿はフェロー選定プロセスについて、次回はアショカが目指す世界観の変容について。
創業者Bill Draytonとの出会い
1970年代に EPA(米国環境保護局)で炭素取引の設計をしていた時に出会う。この次のプロジェクトとして当時はまだ言葉として存在していなかった、”Social Entrepreneur”のネットワークを作るアイデアを持ちかけられ、参加を決めたのがすべての始まりだったらしい。
その後、Bill Draytonとアショカ立ち上げに参画してからは、フェロー選定の責任者として、東南アジアやアフリカ、南米などあらゆる地域を飛び回り、一旦はワシントンの本部に戻ったものの、数年前に再びアフリカ統括として現場に戻っている。
アショカ・フェローのインタビュープロセス
アショカは世界各地で社会システムの変革を成し遂げるイノベーターを、アショカ・フェローに認定してサポートしている(フェローの選出基準はこちらを参照)。
ちなみに、これまでに認定されたフェローは世界96ヵ国の3, 300人で、選出から10年以内に、彼らの83%が国レベルでの政策変革、90%がモデルのコピーと拡大を果たしている。
ちなみにフェローになれるのは「相対的」に優れた起業家であり、人口100万人に1人ほどといわれている。
このフェローへの選出には、業界でも有名(というか悪名高い)数日間、数十時間に及ぶインタビュープロセスを経なければならない。
①幼少期の経験
80%のフェローは幼少期から、自分が間違っていると思うことに対して行動を起こす、Changemakingの経験をしていて、掘り下げてみるとフェロー候補の今の課題意識やモデルに当時の経験が色濃く反映されていることは少なくない。
インタビューの中では、劇の序幕のような部分で、「生まれてから、10歳になるまでに何が起こったの?」という話だけで毎回最初の1時間は過ぎてしまう。
この期間のチャレンジが、その後の大掛かりなプロジェクトのきっかけやヒントになり、 同時にフェローが他者への共感(エンパシー)を身につける機会にもなる。
②失敗の経験
優れた社会起業家は失敗から学ぶ。若い頃にしたプロジェクトが失敗した経験が、今の事業モデルのベースになることも少なくない。
③“Point of No Return”
向き合っている課題の話をしていると、起業家の人生のある段階から、それが単なるひとつのプロジェクトから、人生をかけた挑戦に変わる瞬間がある。
アショカフェローになる、ということは単にプロジェクトを評価されることではなく、その起業家の人生をかけた挑戦すべてを応援するということだ("Ashoka Fellowship isn't a 'project.' It is a lifetime fellowship")。
④プロジェクトの革新性と未来について
これまでのプロジェクトがどこへ向かっているのか、どのようにシステム変革や政策の変化を起こしていくのか、といった将来の展望の話をする。
⑤5つの基準
アショカが掲げる5つの基準を満たすかどうか。
a) New Idea_イノベーティブなアイデア
b) Social Impact_社会課題を解決する価値
c) Creativity_クリエイティブな解決策
d) Entrepreneurial Quality_起業家精神
e) Ethical Fiber _強い倫理観
※詳細は過去記事参照。
こうした5つの段階を経て、一人のフェローと数日にわたって時間を共にし、多くのローカル・グローバルの審査員と議論を重ねてフェローは選ばれている。
次回はアショカが目指す世界の作り方と、戦略の変容について書きたい。
初マラソン完走
初マラソン完走
数ヶ月前から楽しみにしてきた、佐渡朱鷺マラソン。人生初マラソンに向けて、この2ヶ月間走り込みをして準備してきたのが功を奏して無事に完走。
今回一緒に参加した友人は初マラソンにして4時間を切る好タイムということで、ハッピーな大会になった。
僕自身のタイムはリミットぎりぎりの5時間半、序盤20キロまでは時速10キロペースでいけていたのが20キロ後半から失速して10キロ1時間半ペースになり、最後の12キロに至っては普段の早歩きですら追い越せそうなスピードでもがくように走っていた(このあたりのペースは平均して1キロ10分弱、約2時間)。
初マラソンを故障なく時間内に完走する、というゴールは達成できたけれど、これからの道のりはまだまだ長い。
技術的には20キロ以降、足が全く前に出なくなってしまったのがなぜで、どう解決するべきかは今後も探っていきたい。とりあえず、足が前に出なくなってしまったのは筋力不足のようなので、足腰の筋トレがおそらく次の課題。
あとは、最初の20キロを確実に1時間弱で走るトレーニングも、次なる目標の4時間半には必要だと思う。
特に印象的だったのはシニアランナーでゴール3キロ前くらいから並走していたランナーは74歳と60歳。きっと出発地点から同じスピードで走ってきたんだろう、一定のペースでずーっと走り続ける姿が印象的だった。
彼らに励まされながらゴールした時は、悔しいとかではなくて、なんだか人生について教わっているような感覚だった。
ちょうど公私共々に節目を迎えつつある中で、改めて自分との時間をとるいい機会になったし、かつての病弱だった自分からは絶対不可能に思えた距離を走破したことは大きな自信になった。
飽かず、倦まずに淡々と痛みの中で足を進めることは、事業に携わる者として身につけるべき強さだと思うので、今後も速く遠くまでいけるようになりたい。
レース開始前に盛り上がるスタート地点
佐渡島のこと
ちなみに今回のマラソンでは佐渡島の真ん中を貫く往復42キロにわたって、あちこちで島民の方が声援をくれた。田園地帯のあちこちで幼稚園児からお年寄りまで、声をかけてもらってなんども止まりそうな足を前に出させてもらった。
普段の仕事やたとえボランティアであっても、「がんばれ!」というまっすぐな声援を1日に何十人、何百人という人からあちこち受けたことは初めての経験。
その声を聞くごとに前に蹴り出す一歩が軽くなったのは、本当に不思議な経験だった。
これは到着した日のお寿司屋(衝撃的な美味しさと安さ!)でも感じていたけど、のどかなだけでなくて、人当たりのいい素晴らしい島だった。
去年は悪天候で大会が中止になりトラブルもあったらしいが、それに負けじと至れり尽くせりでランナーを迎え入れてくれた島の方々には感謝しきれない。
小学校の歴史の教科書で、失脚した貴族や政治家が流されたり、江戸時代に金が発掘されて「ジパング」日本を支えたり、歴史的にも面白い全周264キロほどの島。
京都から流された教養人たちが能楽堂を立てていて、最盛期は200近い舞台があったらしい。
最近は北朝鮮のミサイルを探知するのにも使われているであろう、自衛隊のレーダー基地もあったりする。
マラソンで走っている途中も面白そうな資料館やら古い神社やらいっぱいあったので、次回は自転車でも担いで観光で行きたい。
今度こそはコンディショニング考えずに好きなだけ魚と日本酒を堪能したい!
コース中盤。真っ青な空と一面に広がる水田が続く。
英語のサポートツール
この一ヶ月ほど本腰を入れて英文を書かないといけないことが多くて、文法や表現のダブルチェックのために
というアプリをダウンロードしてみた。
冠詞や前置詞など王道の間違いはもちろん、文中でやたらと同じ表現を使っているといった、もう少し細かいところまで突っ込んでくれて大助かりしている。
(必ずしもすべてのエラーを見つけ出してくれるわけではないので、要注意。気のせいかもしれないけれど動詞の語法にモレが多い印象)
Fortune500の企業でも使われているらしく、Google Chromeにアドオンをつければ、gmailやFacebook上におかしな英語で投稿して恥を書くこともなくなるので、英語に苦手意識がある人には特にオススメ。
特に社会人になって、誰にも添削されないで英語を書く機会が増えると、間違えにさえ気づけなくなるのは恐ろしい。
ビジネス英語は大体意味が伝わればいい、という人もいるけれど、言葉の質はその人の教養や能力の程度を示す指標になりやすく、Proper Englishを使えなければ2流の烙印を押されかねない業界もあるので、英語力を高めることは社会人として続けなければならない努力だと思う。
学生時代はWriting Centerという大学の添削サービスに毎週のように通っていたのだけど、そこで入る修正の多くが「この前置詞は違和感がある」とか「この名詞にこの形容詞は意味が通らない」とか、文法的に間違いではないけど違和感のある表現をこなれた言い回しに直していく作業だった。
留学生やアカデミック・ライティング初心者向けに大学院生がアルバイトでやっていた基本的な修正なんかは、いずれは先にこのアプリで修正候補を見つけてからアポをとるようになるんではないだろうか。
花見
同じプロジェクトにいる尊敬する先輩から、「もっと遊びなさい!」というフィードバックを続けざまに受けたので、桜を見に散歩に行ってきた。
夜中なのに公園では酒盛りが続いていて、日本はつくづく平和だと思う。
昔、日本の大学からアメリカの大学に編入しようか、どう生きるべきか悩んでいた時に恩師からかけてもらった「木が周りに遠慮して枝を伸ばさなかったら、森はできない」という言葉が今更のように思い出された。
国語の教科書でははかなさの象徴だった桜も、満開の木の前に立てば、恥ずかしげもなく桃色の花を一面に咲かせている。
枝振りの風情など関係ないかのように、当たり前のようにしている自然のたくましさ。
人目につく所でもつかない所でも堂々と咲く力強さに感動した。
そして、桜の美しさは一輪一輪の花の美的完成ではなく、その集合としての美しさであり、迫力だと思う。
思えば当たり前かもしれないけれども、仕事も同じなんだろう。
目の前の機会をなんとか自分なりに仕上げて、それを積み重ねていったのを、遠目に見た時、優れているといえるものになるのか。
小さいことにくよくよせずに、しぶとく繊細に仕事をしたい。
農業分野で活躍する社会起業家:One Acre Fund
仕事で農業に関わる機会があったので、アグテック(農業Xテクノロジー)分野で活躍している事業をひたすら見ていて、面白いソーシャル・アントレプレナーを見つけたので紹介したい。
このTEDのスピーカーのAndrew Younは2006年にOne Acre FundというNPOをケニア立ち上げた。
農業領域の社会起業家として知られる彼の変化の仮説(Theory of Change)は次の文章に凝縮されている。
“Logistically speaking, it's incredibly possible to end extreme poverty. We just need to deliver proven goods and services to everybody. “
「ロジスティックの観点から見れば、極度の貧困を解決することはかなり現実的なことなのです。すでに先人たちが確立した商品やサービスを社会の隅々まで届けさえすればいいのです。」
課題意識と変革の仮説
彼の課題意識は多くの国際支援団体とあまり変わらない。貧困により子どもの3人に1人が発育不良に苦しみ、10人に1人は5歳になれずに命を落とし、高校進学ともなれば4人に1人という現状を変えること。
ただ、彼が他のソーシャル・アントレプレナーと違ったのは、貧困というマクロな問題を解決するために最も効率的なレバレッジ(てこ)を探し、そこだけに注力した点。 それこそが、世界の貧困層10億人の半数が従事する農業の生産性向上である。
つまり、あらゆる産業の中で、農業に注力することで、貧困を改善し、食糧供給を安定化させ、しかも粗放的農業による環境ダメージを最小化できるというのが彼の主張だ。
解決に向けたアプローチ
アフリカを初めとする多くの農業貧困地域では、いまも青銅器時代変わらない粗放的な農業が営まれている(つまり、種をまくだけの農業)。
一方、先進国やアジアなど歴史的に農業効率を改善してきた地域では、こうした状況を劇的に改善するための手法が確立されている。
とりわけ、
①ハイブリッド種による品種改良
②肥料などのインプット
③農業従事者への教育と現場レベルでの改善
の3つが鍵になることが過去の事例からも明らかになっており、One Acre Fundが活動するサブ・サハラ・アフリカ(SSA)は他地域に比べて、拡大・改善の余地が大きい。
こうした確立されたモデルに、肥料や収穫物を輸送するための物流網や、季節的に生じる資金ニーズに答えるマイクロファイナンス、現場レベルでのトレーニングなどを加えたのが、One Acre Fundの活動だ。
事業拡大の戦略
彼のモデルの凄さは、「貧困の解決はイノベーションそのものではなくデリバリー(届けるプロセス)にある」という仮説の普遍性にある。
例えば、One Acre Fundが取り組む食糧生産と農業の分野では、品種改良や肥料、植え付けであり、医療であればマラリア用ネットや幼少期の予防接種、寄生虫駆除、エネルギーであればソーラーランプやストーブ、教育であれば能力別授業やコンピューターを活用した個別指導など、応用の幅は数え切れない。
もちろん、こうしたサービスを無料で提供する必要はなく、貧困地域にあるチャネルを使ってビジネスとして拡大していくことも可能だろう。2015年の団体の報告書には、実際にソーラーランタン15万個、蒔ストーブ7千個、貯蔵用バック2万枚を販売・頒布したことが記されている。
こうした広大な物流・管理網を常に拡大していくために、この団体では、200名のRural Service Officerがひとりあたり200人の農家を担当し、これまでに累計40万人の農家へインパクトを届けている。
数字から見るOne Acre Fund
活動の概要:設立は2006年、去年がちょうど10年目になる。 東アフリカの30万人の農家、政府とのパートナーシップも含めると59万人の農家にサービスを提供し、4,000人のフルタイムスタッフを雇用。地域別に見れば、ケニアが14万人で最大、次がルワンダの11万人、ブルンジ4万人、タンザニア2万人と続く。所得の増加は100-150ドル程度。
アグレッシブな成長:この数年の拡大は毎年数十パーセントに上る。 2020年までに100万人の農家にサービスを届けることをゴールに掲げている。これとて、始まりにすぎず、アニュレポではアフリカだけで5000万人の市場規模があるとしている。
余談
余談がしたすぎるので専用のセクションを作ってしまった。
プレゼンテーション中、アフリカ全土の地図を50マイル四方に区切って貧困レベルで塗り分け、その最も困難な地域がアメリカの東海岸に満たない限られた面積であると言い放つシーンはとてもパワフルだ。。。(そもそも、ロジスティックが問題になるのは、面積が広いからではなくて遠隔地に貧困地域が点在しているからだというツッコミはあるが)
下のアフリカ地図で青く塗られた地域が最貧困地域で、その面積をアメリカに例えると東海岸の青塗り部分ほどのエリアになる。